133-1

今度こそ失くさないようにと指輪を大事そうに握って、ここから離れていくユアンを見送る。
また、今度。次に会えた時には、もっといろんな話を聞こう。
そう思いながら小さくなっていく背中を眺めていると、ふとロイドが声かけてきた。

「ナギサは、ここにどんな用事があったんだ?」
「……あー……その、正確にはここじゃないと思うけど。……ここが、昔にミトスくんと約束したところだから、来たかったの」

……四千年前。わたしにとっては、一年くらい前。
わたしたちは、大樹カーラーンの前で約束をした。
あれは間違いなく、勇者ミトスの第一歩だった。ちょっと自意識過剰みたいだけど、あの時の約束が彼ら道行を決める一因であったことは間違いないだろう。
誰もが同じように生きられる世界。彼らと描いた未来は、今わたしがロイドたちと共に追いかけているものと同じだ。同じはずだ。それなのに、気付けば手が届かないくらい離れてしまったし、手を取り合うことはできなかった。

「……きっとね。もし、わたしがあのまま、二人とずっと一緒にいたら。きっと、同じことをしたと思う。大好きな人が殺されてしまって、許せなくなって……もしかしたら、今みんなとこうして一緒にいなかった未来もあったんだろうなあって」

何度も想像した。何度も思った。わたしが、あの二人から離れることがなかったもしもの未来を。
考えるたびに、わたしはミトスくんと同じ選択をするんだろうなあって思った。途中で間違えていると気付いても、止まれない。これが自分が選んできた道なんだからって、その責任を放棄することができなくて。マーテルさんを泣かせて。大事な人たちの手を全部離してしまっても、止まれなかった。
……わたしはたまたま、そうならなかっただけだ。

「そう思ったら、ここでちゃんと、気持ちに整理をつけたかったんだ。ここに大樹はないけど、大樹があった場所で……手を取り合えなかったけれど、自分はあの時の約束を忘れないって。ちゃんと、自分のいるべき場所で頑張るよって、向き合いたかったの。……付き合わせてごめんね」
「そんなこと、別にいいさ。……でも、そうだよな。あの時ナギサが姉さんにならなかったら、今一緒にはいないんだよな」
「そうなの。なんだかすっごい不思議だよね」

何か一つが違ったら。何か一つ、違う道を選んだら。きっと、わたしはここにいない。
それは、この世界に来る直前からそうだ。わたしは何も選ばない人生を歩いてきたけれど、あの日は、確か、何かを選んだ。何かのために飛び出した。ちょっと、もう、覚えてなかったりするんだけど……あの時飛び出さなかったら、わたしはそもそも、世界を越えてしまうことなんてなかった。
そして、ミトスくんが助けてくれなかったら。あの時溺れてしまいそうだったわたしを彼が助けてくれたから、わたしは今ここで生きている。あの二人が助けてくれたから、ちゃんとここに立っていられる。
そして、ロイドたちが助けてくれたから、一緒にいてくれたから、わたしはここまで走ってきた。
……全部、無駄なことなんて、なかったのだ。

「……そういえば、わたしのこと、姉さんとも姉貴とも呼ばなくなったね」
「ん? ああ……」

ふと、気が付いてそんなことを問いかけてみる。
ダイクさんの娘で、彼のお姉さん、ということになって、姉貴とか姉さんとか呼び捨てとか、その時々でいろんな呼ばれ方をされてきたけれど。最近は、ずっと呼び捨てだ。いつからだろう。彼はわたしを姉と呼ばなくなった。
何かあったのかと問えば、ロイドはちょっと照れくさそうに頬をかいて、大したことじゃないんだけど、と口を開いた。

「なんて言えばいいかな。なんかさ、弟じゃなくて、ちゃんと俺としてナギサと一緒にいたいって思ったんだ。そうじゃないと、ミトスと戦えないって思った。戦いたくない相手と、それでも戦わないといけない時、隣にいるのが弟じゃ、思い切り背中を押せないだろ」
「……そうかな?」
「俺はそう思ったんだよ。ナギサも先生も、弟とか生徒の前じゃ強がるだろ」

だから弟でいるわけにはいかなかったんだ、と彼は言う。
……ああ、思い出した。彼が、わたしを姉と呼ばなくなった時。ミトスくんの正体を知って、フラノールに行った時からだ。ちゃんと喧嘩しろって、ちゃんと戦えって、言ってきたときだ。
思い出して、確かにものすごい勢いで背中を押されたな、と苦笑して。つまり、強がりじゃなくて、ちゃんとミトスくんと戦えるように彼なりに気を使ってくれたんだって改めて実感して、わたしはちょっと、泣きそうだった。

「……大きくなったなあ」
「そうか? 身長は別に伸びてないぞ」
「そうじゃなくて……もう」

もともと、とても優しい子だったけれど。手を差し伸べることを躊躇わない子だったけれど。
あの頃より、ずいぶんと大きくなったような気がして、わたしはふふ、と笑みを零した。