「そうか。君は、元の世界に帰るのか」
寂しくなるな、と呟いたユアンの横顔を見ながら、この人とも不思議な縁だなあとぼんやりと思った。
最初に出会った時はロイドのことしか見てなかったのに。どこでどう情報を得たのか、わたしがかつてミトスくんとマーテルさんと一緒にいた人間だと知って、治療してくれたうえで追いかけてきて。
戦って、手を組んで、彼がマーテルさんの婚約者だと知って。敵対したり、協力したり、いろんなことがあった人とこうして肩を並べてまだ小さな若木を眺めているなんて、不思議な気持ちだった。
ここは、大樹が植えられた場所、だ。
アスカードを出た後に向かった場所。人と、エルフと、その狭間のものすべての命を守る存在として芽吹いた大樹がある場所。
本来なら誰も立ち入ることはできないよう、結界がかけられているそうだけれど……大樹の名付け親、という大任を任されたロイドとオリジンたち他の精霊の許可をもらったので、わたしは無事にここにたどり着くことができた。
ユアンもまあ、同じように許可をもらったのだろうけれど、まさか鉢合わせするとは思わなかった。
わたしは当初の予定通り、大樹にそっと手をかざして、お願いします、と心の中で小さくつぶやく。
そうすれば、若木はふるりと震えて、ひらりと葉を一枚、わたしの手のひらへと落とした。
「それを持っていくのか?」
「お守りとしてもらいたいなって思って……許可はもらってますよ。むしろ、ユアンはどうしてここに?」
「ああ。ロイドから、大樹の精霊のことを聞いたのでな。この大樹をそばで見守ろうと思ったのだ」
結界があるとはいえ、見守る者がいれば何かと便利だろう、と語る彼に、あ、と小さく声を漏らす。
大樹の精霊。わたしは見たことがない精霊のことを、わたしもロイドから聞いている。
それは大樹に……大いなる実りに吸収された多くの神子たちの集合した存在でもあり、その中にいた、マーテルさんそっくりの姿をした精霊であるということを、聞いている。
「その……」
「わかっている。厳密には、彼女ではないのだろう。けれど、私たちのしてきたことのせいで犠牲になってしまった者たちの魂が集まり、精霊として大樹に寄り添うというのなら……そのそばにいて、成長するまで守りたいと思ったのだ」
完全に同一視しているわけではないぞ、と告げるユアンの言葉に嘘はないのだろう。彼が好きになったマーテルさんはもういない。彼女を眠らせるために彼は奔走してきたのだ。そのうえで、この場に留まり、大樹の守り人になろうとしているのだ。
手のひらの中の小さな葉が、どことなくあたたかい気がする。精霊も、ユアンが寄り添ってくれることを喜んでいるのかもしれない。それは、決して個人的な気持ちではなく、誰かが大樹を、世界を愛してくれるということを知っての喜びかもしれない。
わたしは、精霊と話すことができないからわからないけれど……でも、よかったなって思った。
「君はいつここを発つんだ?」
「あ、ええと、クラトスさんの療養が終わったら、を目安にしてます」
「なら、それまでの時間を、私に少しくれないだろうか」
何かわたしに用事でもあるのだろうか。
首を傾げると、ユアンは今まで見たことがないくらい優しく、穏やかにほほ笑んだ。
「あの二人は、君のことがずっと好きだった。君がいなくなった後も、君との思い出を胸に頑張っていた彼らのことを、君には知っていてほしいんだ」
どうか聞いてほしい。覚えていってほしい。
君が好きだと言ってくれた二人も、君が好きだったことを。
「君の世界に、彼らを思い出として連れて行ってほしい」
そう、柔らかく語る彼に、わたしは思わず手の中の葉を抱き寄せる。
言われなくても、連れていくのに。あなたとの思い出だって、全部、忘れないつもりなのに。
それでも、その優しさが。彼も確かに、あの二人のことを……四千年前のことを、大切に思ってずっと戦ってきたのだと改めて実感して。嬉しいって、そう思って。
わたしは、ぜひ、と笑みを返した。