「ロイドにも話したけど、わたし、帰ります。元の世界に」
クラトスさんとダイクさんにそう説明したのは、旅が終わってからそんなに時間が経っていない頃だったと思う。
ある程度、わたしたちの周りは落ち着きを取り戻し始めていたし、手紙のやり取りもできるようになってきた頃だった。でも、それはまだまだこれからたくさんのやるべきことが目の前にある状態の時で、クラトスさんの怪我もまだ治りきっていない時で。こんな時にこの話をするのは少し気が早いかなという気持ちと、早いうちに整理を始めたいと思って、話をした。
エターナルソードの力があれば、きっと元の世界に帰れると思う。どうしてわたしがこの世界に来たのか、どうして時間を飛び越えてしまったのか、結局何もわからないままだったけれど、帰る方法は、見つかった。
そう、ロイドに説明されて。きっと彼は、それでもわたしが帰らない選択をすることを少し期待しているのだろうと察しながら、わたしは帰るよ、と伝えた。
みんなにも先に手紙で報告をして、今度挨拶も兼ねて顔を見に行くとも伝えて。そうして、わたしのことを娘と呼んでくれたダイクさんに、そう説明して。
ちょっと泣きそうになるわたしの話を、ダイクさんは相変わらず優しい顔で聞いてくれた。
「そうかい。そいつは寂しくなるな」
「うん。……ありがとう、ダイクさん。娘にしてもらえて、嬉しかった」
「なあに、俺だって楽しくて嬉しかったさ。元の世界でも頑張るんだぞ」
「うん!」
ぎゅう、とダイクさんに抱き着けば、大きな手が頭を撫でてくれる。
ああ、よかったな。この人に会えて、よかった。助けてくれたのがこの人と、その子供たちで、本当によかった。
帰るのは、クラトスさんの傷が治った頃、という、少し曖昧なものにした。それは、すぐに帰ると決めたくせに、結局この世界のことが大好きで離れがたいわたしの我儘だ。
それに、あの最後の戦いの時はいっぱいいっぱいで失念していたけど、決戦の場にクラトスさんの姿がなかったのは、一騎打ちの傷がまだ癒えていなかったからだという。オリジンの封印を解いたことによる衰弱なども理由に含まれるのだろうが、彼がもう大丈夫だとわかってから帰らないと心配になってしまう、というのも、ちゃんとわたしの本音である。
そうやって、いろんな理由をつけて、帰る期限の基準にしてしまったことを謝れば、クラトスさんはゆっくりと首を横に振った。
「……私も、この地から離れる。デリス・カーラーンに渡り、クルシスが保有していたエクスフィアを宇宙に流すつもりだ」
「クラトスさん……」
「これが、私の果たすべき最後の役目だ」
なんとなく、そうかもしれないな、とは、思ったけれど。
クラトスさんは、これからもずっとロイドと一緒にいるという選択は選ばないようだ。
せっかく再会した親子で、せっかく一緒にいられるようになっても。お互いのことを大切な家族だと思っていても。ずっと一緒にいることは選ばない。
それはとても寂しいことだって思うけれど……わたしだって、これから旅立っていくのだ。別れは寂しいけれど大切なことだって、わかるから。わたしも、そうですか、という言葉しか音に出来なかった。
「聞いておきたい。お前は……君は。ミトスのいたこの世界に残らなくて、本当にいいのか?」
「はい。わたしはミトスくんがいない世界でも、ちゃんと生きないといけないんです」
クラトスさんの問いに、わたしは迷うことなくうなずく。
それは、ちゃんと考えたことだ。元の世界に帰る方法がわからなかった時からずっと、この世界で生きることは考えていたし、ミトスくんが光になっていくのを見送った時も、まだ帰る方法がなかったから、きっとこの世界で彼の面影を見つけながら生きることになるんだろうって。
でも、別に、逃げ出したくて帰ることを選んだわけじゃない。あの最後だって、わたしも納得して選んだことだ。無駄だったとも、間違いだったとも思ってない。
ただ、帰る方法が見つかったなら帰らないといけないと、ちゃんと自分で考えて決めたことだ。
「ここにはミトスくんだけじゃなくて、マーテルさんが生きていた証も、みんなと旅をした思い出もある。いっぱい戦って、いっぱい悩んで、いっぱい考えて、進んできた世界です。だからこそ……わたしは、わたしの与えられた場所で、世界で、ちゃんと生きる。わたしらしく、胸を張って生きていきたいって、思ったんです」
どこで生きていてもいいのだと、わたしたちはミトスくんに告げた。
自分が悪くないのなら、胸を張って生きればいいと、そう言った。
だからわたしは、自分の世界へ帰らなければいけないと思ったのだ。わたしが最初に与えられたのは、わたしの世界だから。ぼんやりと生きてきて、流されるままに年を重ねて、なりたいものも夢もなくて。ただそこに「いる」だけだったわたしだけれど。それでも、わたしが生まれたのは、生きてきたのは、あの世界なのだ。
わたしは、ちゃんとわたしの世界で、自分の足で歩かないと、ミトスくんに嘘を言ったことになってしまう。
「それができないなんて……あの子に嘘ついたことになっちゃうから。だから帰ります。わたしの生まれ育った世界で、わたしの場所で、せいいっぱい、頑張って生きます」
そのための勇気も、気持ちも、みんなからたくさんもらった。
誰かを大切に思うこと。生きたいと思うこと。大切な人を守りたいって思うこと。そのために何ができるかを考えて進むこと。過去の自分を乗り越えていくこと。複雑な心との向き合い方も、誰かと一緒いる強さも、自分が変わりたいと行動しないといけないことも、全部。
この世界で生きて、頑張って進んでいたみんなの姿を見て、わたしだって頑張って生きたいって思うくらい、たくさんのものをもらったから。
これらを全部抱えて、全部無駄にしないために帰るのだと伝えれば、クラトスさんはそうか、とだけ呟いて。
そうして、わたしに手を差し伸べる。
穏やかに、どことなくロイドにそっくりな笑顔を浮かべて差し出された手に、わたしも自分の手を重ねて。
「君が、ロイドと共にいる姉でよかった」
「あなたが、ミトスの信じた人間でよかった」
一度、握手をした。
それだけで、なんだかとても、満ち足りた気がした。