その南の孤島は、修道院しかないような場所だった。
修道院だって、そんなに大きいわけでもない。本が特別たくさんあるわけでも、娯楽として扱えるようなものもなにもなくて……なんというか、言葉を選ばずに言うなら退屈そうな場所だ。
その修道院の二階。訪れた部屋にいたのは、ゼロスくんによく似た赤毛の女の子だった。
彼女がセレスちゃんなのだろう。彼女はゼロスくんを見ると、ぱっと表情を明るくした。
「お兄……」
だが、その呼び名は最後まで音にならない。
それより先に、彼女は表情をきりっと引き締めて、ゼロスくんから思い切り顔をそらしたのだ。
「神子さま、またふらふらしていらっしゃいますのね」
「よーう。お前に預けといたクルシスの輝石が必要になったんだ。返してくれ」
「……ご勝手に!」
先ほど嬉しそうに兄を呼ぼうとしたとは思えないほど強気な口調に驚いてしまうけれど、ゼロスくんは何も変わらない。もしかしたら、こちらの態度が普段通りなのかもしれない。
彼女はごほっと一度せき込むと、机の上に大切そうに置いてあった輝石をそっと持ち出して、そのままゼロスくんに渡した。
「どうせ、それはもともと神子さまのものですわ」
「悪いわ」
「用事がお済みならおかえりくださいませ。さあ、早く!」
「へーいへーい。あーいかわらず嫌われまくってるなあ。俺さまかわいそー」
ぐいぐいとゼロスくんの背中を押して退室を促すセレスちゃんは、確かにゼロスくんの言う通り、兄のことを嫌う妹……に見える。
でも、さっき確かに、嬉しそうにしてたよね、と隣にいたロイドを見ると、彼も少し不思議そうにしていた。よかった。わたしの勘違いではないらしい。
そうしてゼロスくんが後ろを向いて扉へ歩き出したところで、セレスちゃんは困ったように眉を下げた。
「あ……お兄さ……」
「……ん? なにかな、可愛い妹よ」
「……なんでもありませんわっ!」
「あっそ」
ゼロスくんが振り返れば、彼女はまた、きりりと怒ったようにも見える表情を作って体ごと顔をそらす。顔も見たくない、とばかりの態度に、ゼロスくんもそれ以上は何も言わずに外に出た。
彼が扉を閉める音を聞いてから、再び扉の方へと振り返ったセレスちゃんは、ぎゅ、と両手を握りしめる。
「お気をつけて……」
「……聞こえなかったぞ、今の」
小さな呟きに思わずロイドが声をかけると、セレスちゃんは驚いたように体を小さく跳ねさせた。
どうやら、わたしたちがまだいることに気付いていなかったらしい。いや、もしかしたら、わたしたちのこと最初から気付いていなかったかも。それくらい、彼女の視線は常に兄だけを追いかけていたし……さっきまでの態度は、ただ素直になれない反抗期の妹さん、ってことかな?
「べ……別に、何も言ってませんわ! ですからお兄さまに聞こえなくてもいいんですの!」
「あ、お兄様って言った」
「い、言ってませんわ! あんな人、兄なんかではありませんっ! おかえりになって!」
「じゃあ、わたしたちで代わりに伝えておくね。社交辞令だとしてもさ」
「……ご、ご勝手に!」
明らかな照れ隠しだなあと苦笑しながらみんなで外に出て、階段を降りた所で待っているゼロスくんと合流する。
彼のところには、やっぱり彼女の声は届いていないのだろう。困ったように、ちょっと、寂しそうに。肩をすくめる彼は、いつもわざと冗談をいう時の笑顔を浮かべた。
「どーよ。俺さま、なかなか愛されてるだろ」
「ずいぶんひねくれた妹だな」
「そう言うなって。昔から体が弱くてな。それでもあいつのおふくろは……いや、なんでもない」
何かを語ろうとしたゼロスくんは、けれどそれ以上は何も言わず、ただ首を振った。
少しだけ、眩しそうに目を閉じて。黙ってしまった彼に、コレットが優しく声をかけた。
「セレスさん、気を付けてって、ゼロスに言ってたよ」
「……そっか。まあいいや。じゃあ行くんだろ、救いの塔に」
その言葉に、ゼロスくんは驚いたようにまばたきをして。
それから、全部忘れてしまうように、ひらりと手を振った。