23.それじゃあ、またね

「あ、アスベルさん」
「シオリ、ちょうど良かった」

暫くシェリアを抱きしめた後、彼女はゆっくりとわたしから離れると、まだ赤い顔のまま少し顔を洗って来るわ、と自分の家に帰って行った。
きっと、時間もかかるだろう。ゆっくりと落ち着いてほしい気持ちもあったから、わたしはシェリアを待たずに領主邸の中に入る。
ちょうどタイミングよく、玄関前の大きな階段を下りてきたアスベルさんを見かけて、わたしも立ち止まって笑顔を返した。

「俺、騎士学校を止める事にしたんだ」
「……えぇっ!」

そのまま、どこかすっきりとした様子で告げられた言葉に、思わず声が上がる。
だって、七年も騎士学校に通って、騎士になることが決まって。これからが彼の夢の本番だ、というところだったのに。
確かに、シェリアやラントの人達にとって、アスベルさんは必要な人だ。かけがえのない、代わりのいない人、と言ってもいいだろう。特にこの不安定な状態では、彼がここにいることは最適だ。そうわかっているけれど、直前に彼の夢について聞いていたせいで、本当にそれでいいのかと聞きたくなってしまう。
だが、アスベルさんは穏やかに笑っているだけだ。無理しているようには見えないし、“自分で決めた”という事がよくわかる。
きっと、彼も実際にラントに帰って、現状を見て、心に大きな変化があったのだろう。守るべき領民を置いていくことはできないと、彼らを守りたいと、自分で決めたのだ。
で、あるならば……それを引き留めることはできない。いいや、マリクさんの様子からして、この選択は自然のことだ。驚いてしまったことは許してほしい。

「俺は、ラントを守るよ。だから、シオリも……」
「そっかぁ……じゃあ、ここで一度お別れになるのか」
「え?」
「わたし、一度バロニアに戻らなきゃ。マリクさんに報告、わたしみたいな一般人の目線も必要じゃない?」

シェリアとお別れしてしまうのは少し寂しいけれど、仕方ない。一応この後も少し会話をするつもりだし、その時に手紙を送る先でも聞いておこう。
それにもともと、こういう時の為にわたしはラントに来たのだ。彼がここに残ることになっても、必ずマリクさんにラントの状況を伝えられるようについてきた。
……それに、どちらにせよ、一言言いに戻らなければ心配をかけてしまうだろう。彼がここに残ることを決めた、というのも、伝えなければいけない。
だから帰るよ、と言えば、アスベルさんは少しだけ寂しそうに目を伏せて、けれどすぐにそうか、とうなずいてくれた。

「それは、そうだが……なら、港まで送るよ」
「いいよそんなの。一本道だったし、何かあれば逃げればいいし。それに、アスベルさんにはやらなきゃいけないこと、沢山あるでしょう?」
「……俺は、一緒にいる間だけでもシオリを守ると言った。だからせめて、港までは送りたい。お前はどうも、無茶をする節があるから……」

守りたかったのは“ソフィ”でしょ、と意地悪したくなったが、やめる。
アスベルさんは本気でわたしを心配しているらしいし、先ほどのシェリアの話を思い出して、意地悪するにはちょっと酷すぎるものだと思ったからだ。
それに、確かにわたしはこの辺の地理をよくわかっていない。言われた指摘は事実である。
でも、わたし個人のためにまたラントを空けた間に状況がどう変わるかなんてわからない。彼が今、時間を割くべきはラントのことについてだ。
無茶は……していないと思うのでスルーしよう。スルーしても不安要素だらけだという自覚はあるけれど、だからこそ、荷物になりたくなくてわたしは首を横に振った。

「……ありがとう、アスベルさん。大丈夫だよ、今まで十分守って貰ってたもん。だから、次にわたしがラントに来るまで、ラントを守って」

暫く、アスベルさんはわたしをじっと見つめてくる。
本当に大丈夫か見定めているのだろうが、なんだか視線がくすぐったい。
それでも頑張って目をそらさないでいれば、やがて一つのため息を落として。そうして、わかった、と手を差し出された。

「……わかった。じゃあちゃんと、教官に会ったら連絡するんだぞ?ラントに来る時もだ。すぐに迎えに行くから」
「過保護だなぁ……」

わたしってそんなにたよりないだろうか。
……たよりないな。
そう自己解決してから、わたしは差し出されたアスベルさんの手を握る。
別れの握手だ。わたしより大きな手。硬い手。今までたくさん頑張った手。これから、ラントを守る手。
しっかりと握手をしてから、それからにっこり、笑った。

「それじゃあ、またね。アスベルさん」
「ああ。またな、シオリ」


また会いましょう。