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七年前……まだ私、シェリア・バーンズが、生まれつきの病気で病弱だった、幼いあの頃。
ある日、アスベルが弟のヒューバートと一緒に裏山の花畑に行ったの。
危ないからって子供だけで行ってはいけないと言われていたけれど、当時のアスベルは本当にやんちゃだったから。お父上たちの言いつけなんて聞かなかった。
そこで何があったのか、詳しいことは知らないけれど。彼らは一人の記憶喪失の女の子を連れてきたの。
その子の事は“ソフィ”と名付けて、アスベルが面倒を見る事になったわ。そう。さっき、花畑で出会ったあの子そっくりの女の子。たぶん、体格もそっくりね。今は私たちの方が大きくなってしまったけれど、あの時は私たちよりお姉さんだったから、そんな子を拾ってきたっていうアスベルにすごく驚いたわ。
それだけでもびっくりしたのに、その日にラントへやって来た王子のリチャード殿下とも仲良くなって……ふふ。なんだか一気にいろんな事件が起きたのだけど、とっても楽しかった。
でもね、楽しいことって、やっぱり続かないのよ。しばらくして、私が王都のお医者様の所に行った日。ちょうど、王都に帰ったリチャード殿下を訪ねて、アスベルもソフィと一緒に王都に来たの。
その時、アスベルは謹慎中だったんだけどね。やっぱりそんなの無視して、友達に会いにラントからバロニアに来て。ちゃっかり殿下に会って、リチャード殿下を連れて町を探検して……ちょっとずるいわよね。
もちろん、殿下を連れ出しているのだから怒られるわ。その日はアストン様がヒューバートを連れてバロニアに来ていたから鉢合わせてしまったの。まあ、だからって、止まるような子供でもなかったけれど。
だから今度は、私も含めた子供たちみんなで、夜に城を探検する事になったの。私もわくわくしたわ。怖かったけど。アスベルがいるなら怖くなかった。みんなで探検だなんて、他の元気な普通の子供たちと同じことができてうれしかった。
そして、聖堂から城に通じる隠し通路で、私達は……とても大きな魔物と出会ってしまったの。
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「その後の事は、何も覚えてない。大人達に保護されて、ただソフィが死んだという事実を聞かされて……それから、ヒューバートもストラタの家に養子として行ってしまった。アスベルも王都に行ってしまって、私だけがずっと、ラントにいたの」
そこまで言って、シェリアは足を止めた。
ちょうど、領主邸の庭だった。この町で一番大きなお屋敷。きれいに整備された庭。きっと、彼らにとって、たくさんの思い出が詰まっているのだろう、アスベルの家。
その屋敷を無言で見上げたシェリアは、やがて辛そうに俯いて。指を組んで、まるで懺悔するように、吐き出すように言葉を紡いでいく。
「……あの後から、体が嘘みたいに軽くなって、私は人より丈夫なくらいになったわ。それでも……もう、みんなバラバラになってしまった。すぐに王都に行ってしまったアスベルはそれをわかってないのよ。……みんな、もう……」
「……シェリア」
どんどんと俯いて、溢れて出るものを止められないとばかりに喋るシェリアが、なんだかとても痛々しく感じて。きっと、へたな励ましなんて、彼女は必要としていなくて。きっと、きっと。その、大切な友達がそばにいてくれない限り、だめなんだ。
だからわたしは、シェリアをぎゅっと抱きしめる。わたしより少しだけ高いシェリアの頭を抱え込むようにすれば、シェリアが驚いたようにわたしの名前を呼ぶ。
「シオリ……?」
「シェリアは、寂しかったの?」
「……っ」
ぎゅっと背中に回った手に入った力が、わたしの予想が当たっていることを示した。わたしの服を掴んだシェリアの手は、もともと白かったのに力が入って更に白い。
そう……きっと。彼女は、寂しかったのだ。みんな、いなくなってしまったから。アスベルさんも、ソフィさんも。リチャード殿下という方と、ヒューバートくんという弟も。短い間だけだったみたいだけれど、一緒に遊んだ仲良しの友達が、たった一晩の冒険と引き換えにいなくなってしまった。七年も、みんなの思い出が残る場所で一人ぼっちになってしまった。
それは……きっと、寂しい。寂しくて、悲しくて。けれどだからって、子供は何もできない。与えられた場所で生きるしかできない。そんな中で七年ぶりに再会したって……きっと、どう接すればいいかなんて、わからないだろう。
これは全部、わたしの想像だ。でも、その寂しさをまったく想像できないわけではないから。わたしはなるべく優しくシェリアの頭を撫でて、笑った。
「よし、ならシェリア、わたしがハグしてあげよう。寂しかった分、ハグしてあげるよ。だから泣かないで。わたし、シェリアは笑ってる方が好きだよ」
シェリアは暫く呆然としていたようだったけれど、やがてカタカタと体が震えるのが伝わってきて……そしてわたしを、ぎゅうと力任せに抱きしめ返してくる。
小さな子供がすがりつくように抱き着いたとき、小さくわたしの名前を呼んだみたいだったけれど、それは嗚咽混じりでよく聞こえなかった。
ただ、名前を呼ばれたなら。うん、とだけ返事をして。今君は一人じゃないよって伝えたくて、静かに抱きしめる。
「アスベルは……どこにも行かないって、言ったのに……っ! なのに、なのにぃ……っ!」
うん、と頷いて、それ以上は何も言わない。きっとそれを望んではいないだろうから。
シェリアはただ、七年前のままで、いたかっただけだろうから。
関係ない部外者のわたしは、これ以上何も言わない……言えない。
「う、うぅっう、うぅぅぅ……っ!」
ただ思うのは、彼女がまた笑ってくれること。彼女にとって大切だった友達と一緒に、可愛らしい笑顔で、惜しむことなく笑ってくれること。素直になれないでいる幼なじみに、ちゃんと素直に笑い返せるようになってくれること。
ああ、わたしの指が、シェリアの涙を拭う為に存在していたら良かったのに。
そうして……そして。またシェリアが笑ってくれるその時には、アスベルさんも笑ってくれるといい。あんな悲しい遠い目をしないでほしい。
それだけだった。