「おいシオリ、まだ支度出来ないのか?」
「わかってますよ、ちょっと待ってくださいってば!」
急かしてくるマリクさんにそう大声で返して、わたしは昨日のうちに出しておいた服に腕を通した。
なんだってこの世界の服は面倒くさいんだろうか。パッと見普通だけど、フェンデルは寒いせいもあってか着るパーツが多い。
急いで着て、それから外に出れば少し雪を積もらせたマリクさんに軽く肩をすくめられた。
「街中に湯を張り巡らせるというパスカルの案をストラタに報告に行くんだ。時間に遅れるとヒューバートが怒るぞ」
「ヒューバートくんの叱り言葉は愛ですよ愛」
「ほう、では遅刻してアスベルやソフィの愛を得たいという事か」
「だから、なんでそう……」
「いつまでも進展しない義娘の未来を思ってだな……」
「そしたらいつまでも結婚しない義父の未来をわたしは心配してますよ」
「……言うようになったな」
「どうも」
軽く茶化し合って、それぞれに違う方面に向かうかめにんの亀車に乗り込む。
少し顔を出してから、軽く手を振った。
「アスベル達によろしくな」
「マリクさんも、ヒューバートくんによろしくお願いします」
それだけ交わすと、亀車がゆっくりと動き始める。緩やかに進み出した亀車の中で、わたしは改めて髪の毛を整えた。
向かう先はラントだ。
理由はクロソフィの花がもうすぐ風花になりそう、という連絡を受けたから。
……その連絡をくれたソフィは今、アスベルと一緒にラントで暮らしている。
一応平和になったのだからと、アスベルは正式に領主として働きだしているし、リチャードも改めて王として戻り、国民の支持を得て、今じゃあちこちに残ってるラムダ繭の魔物を討伐している日々だ。
シェリアも、救護団としてあちこちの戦場に天使のように舞い降りている。パスカルとマリクさんはカーツさんの意志を継ぎ大輝石の研究を続け、ヒューバートくんもストラタへと帰っていった……たまにラントに里帰りしているようだけど、それぞれの日常に戻った、と言ってもいいだろう。
そしてわたしは今、フェンデルで暮らしている。
まあ地球への帰り方がわからなければ向こうじゃ死んじゃってるし、となんとか割り切って、正式にマリクさんの養子としてこの世界の住人になったのだ。
だから、生きてる。
今日もこの海で空を覆った世界に。
いつか目覚めるラムダを待って、生きている。
目覚めた後とか、今の自分とか、今はちゃんと考えてないけれど。
「到着ッス〜」
かめにんの間延びした声に、わたしは代賃を払いながら亀車を降りる。
そしたらすぐにラント邸だ……と意気込もうとして、花壇があちこち光り出しているのが見えた。
慌てて駆け出す。なんかまた大事なイベント逃しそうだぞわたし!
「っあー! アウト!? いやギリギリセーフだ!」
「シオリ、遅い」
「ご、ごめんソフィ……」
睨まれた。
でも可愛いからそれほどでもない。
くすくすと笑うアスベルに苦笑いしながら近付けば、丁度一輪のクロソフィが弾けるように花弁を光に変えたところだった。
ぱちん、ぱちん、と光の粒になってゆっくりと宙を漂い出した淡い紫の光がまたひとつ、またひとつと増えて、辺りを光でいっぱいにする。
光はやがてタンポポの綿毛のように空へ飛び立ち始め、もう降ってきているのか昇っているのかわからないくらいに辺りを光が埋め尽くした。
「綺麗だね……」
「ああ、綺麗だな……」
飛んでいく。
飛んでいく。
空に向かって、遠い地に向かって。
クロソフィの風花が、飛んでいく。
それは確かに幻想的で綺麗で、これを三人で見れた事が本当に嬉しかった。
「クロソフィの風花、どこへ行くのかな」
「もしかすると、世界中に飛んで行くんじゃないか?」
「世界中に……?」
「そしたら、いつか世界中がクロソフィでいっぱいになっちゃうかもね」
「そうなったらいいなぁ……」
花に囲まれた世界を想像して、ぷすりと笑う。
自然と三人並んで、手を繋いだ。
両手に感じる温もりが、わたしがまだここで生きていて誰かと一緒にいられて、そうしてこれからも歩いていけるのだと教えてくれる。
ねぇ、ラムダ。
今度君が目覚めたら、その時は君に「おはよう」と伝えようか。
君がコーネルとの約束を守ろうと頑張ったから、君はようやく辿り着いたのだとお祝いしよう。
みんな一人一人が守り続ける、君が知らない素敵な世界が待ってるから。
だからわたしも、あの日の「さよなら」を無しにしよう。
好きになった人が、ここにいるから。
こんにちは、わたし。