気付くとまた、わたし達はフォドラの核の前にいた。
さっきまでのは夢だったのではと疑いたくなるくらい静かな場所。
ふと、わたし達とは離れた場所で一人倒れるアスベルを見て、口々に彼を呼びながら駆け出した。
「アスベル!」
「……ソフィ」
ガクガクと体を揺さぶられて、アスベルはうっすらと目を開けてはソフィの名前を呼ぶ。
ゆったりと起き上がる彼に特に異常は見られなかった。紫と青の瞳も穏やかな光を称えていて、ゆっくりと頭を振ってもくらくらするような事はないようだ。
その様子にみんながホッと息を吐く。
「ラムダ、フォドラと一緒に夢を見るって」
「ああ、聞こえていた」
「アスベル、体は平気?」
「ああ、大丈夫だ。シオリもありがとう」
「ううん、役に立てたなら良かったよ」
「あ……ああっ……」
みんなが微笑みだした中、すすり泣くような泣き声が聞こえた。
溢れてくる感情を堪えるように、でも涙が零れることは止められないとばかりに聞こえる声の主は、まだ座り込んだままのリトルクイーンだった。
彼女はひとり涙を零し続ける。
そこに今までの強い、無機質なまでの威圧感や威厳はかけらも見つからない。
「どうして、震えているの?」
ソフィが近付いて問うと、リトルクイーンは大きく肩を震わせて顔を上げた。
それから怯えたように光をソフィにぶつけるも、もうほとんど威力はない。
軽く体を揺らした程度のそれだが、彼女は視線を合わせることさえ恐怖だとぐっと目を瞑り、でたらめに光を放つ。
「これからは……わたしひとりで……戦わなくちゃ……いけない。この星を……滅ぼすヒトと……!」
何度も何度も何度も。
怖い怖いと泣き叫ぶように光をぶつける。
彼女が遠目からでも震えているのがよくわかった。
今までたくさんいた彼女ももう消えて、核の原素も失って、本当に……本当にひとりになった彼女はすっかり怯えきっている
その様子にソフィはそっとしゃがみ込むと、リトルクイーンの手を優しく、だが強く握った。
驚いて固まる彼女に、ふわりと笑う。
「もう、戦わなくていいんだよ。ここにいるみんなは、あなたの思いをわかってくれる。そしてその思いは、繋がっていくんだよ」
柔らかい声で、でも強く紡ぐ言葉。
それはソフィ自身がこれから続く孤独に悩んで、悲しんで、そうして見つけた言葉。
「みんなの子供達から、その子供達へ。そのたくさんの子供達と一緒に、見守っていこうよ」
「一緒に……」
両手を広げてそう微笑む彼女は、とてもとても穏やかだった。
リトルクイーンはソフィを見つめて、そうして泣きそうに……でもどこか嬉しそうに目を細める。
瞬間、彼女の体が眩く光った。
何かの時間を示すように瞬きを繰り返すそれに、リトルクイーンは切なげに瞳を揺らす。
「……わたし……には……時間が……ないみたい……あなたと……一緒にわたしのかけらを……連れて……行って……」
途切れ途切れになる声で、リトルクイーンはゆっくりと手をソフィに向かって伸ばす。
儚げに緩く笑った顔は、今までとは違って幼い少女のそれだ。
「わたしの想いを……この星への、想いを……」
ソフィも彼女に向かって手を伸ばす。
二人の手が触れ合って、強く……強く、握りあう。
「たくさんの命に……伝えて……」
一際眩い光を放って、リトルクイーンの体はゆらゆらと消えて行った。
今までのは幻だったとばかりに消えてなくなり、そこに星を守る小さな女王のかけらも残らない。
ただひとつ、ソフィと触れていた指先に残った小さな炎のような淡い光が、ゆっくりとソフィの手に落ちてくる。
「リトル……クイーン……」
淡い淡い光を抱きしめて、ソフィの体が光に包まれる。
その光が消えた時、ソフィの姿が変わっていた。
わたしよりも小さかった体はすらりとしたそれに代わり、解けた長い髪がさらりと揺れる。
まるで花のような真っ白なワンピースを着て立つ後ろ姿に、わたし達は息をのんだ。
「……ソフィ……」
振り向いたソフィは切なげに瞳を揺らして、その端からぱたりと涙を落とす。
涙を、落とした。
感情があって睡眠があって食事することは出来ても、プロトス1というヒューマノイドには備わっていなかった涙。
それが零れたのを見て、思わずわたし達の目の奥まで熱くなるのを感じる。
「ソフィ、お前、涙が……」
「リトルクイーンが、涙をくれたんだ……」
ソフィ自身も驚いて自分の目元に触れる。
確かに濡れて零れる雫を、まるで彼女の代わりとばかりに愛おしそうにすくい上げ、くしゃりと笑った。
「いつかフォドラに緑が戻ったら、一緒に来ようね。また、ここに……」
それはきっと、わたし達が死んで何年も何年も過ぎ去ってしまった頃の夢。
もう一度命が芽吹いて、荒れ果てた土地を優しく包んで、穏やかな光の中でたくさんの色が咲き誇る、未来の夢。
その時、彼女はどれだけの命を迎えてどれだけの命を見送っているだろう。
どれほどの想いを見つめて繋げて見送って、大切に生きているだろう。
その日の空は綺麗だろうか。
その日のラムダは世界を旅しているだろうか。
わたしが決して知り得ない未来で、笑っていてくれているだろうか。
果てしない未来を思い描いて、わたしはソフィの手を握った。
わたしとそう変わらない身長になった彼女はなんだか不思議で、でも同時に嬉しくもあって。
だからふわり、笑った。
「みんな、帰ろう。エフィネアに」