エフィネアに戻って、一番にたどり着いたのはフェンデルだ。
ザウェートに降りて、久しぶりに感じる寒さにほうっと息を吐く。ある程度緩和されてきてはいるけれど、相変わらず厳しい環境にちょっとだけ苦笑するけれど……この場所を守れたんだという気持ちが急に溢れて、この寒さすら愛しく感じた。
今までも博愛主義者だと自称していたが、これからは気候すら愛せそうだ、なんて思ったり。
そんなことを考えながら政府塔の前まで来て、アンマルチアの里ではなくここでバイバイね、と手を振ったパスカルにアスベルは頷いた。
「パスカル、ここでいいのか?」
「うん、ちょっと街の様子を色々と見て回りたいから」
「大輝石を使ったシステムの着工状態を確かめるのだろう?」
「ん、そうだよ。やりっぱなしってのは、さすがにまずいからね」
その言葉にふと、そういえばわたしなんかでもフェンデルで暮らせているのはパスカルのおかげなんだよな、と今更ながらに思った。
いつもがアレだからイマイチ実感が沸かないが、パスカルはすごい人、なのだ。
それはシェリアも思っていたのか二人で顔を見合わせて、それからソフィに体を寄せて小さく呟く。
「普段は忘れちゃうけど、パスカルってすごい人なのよね」
「うん」
「忘れちゃあ困るなぁ。ちゃーんと忘れないでよ?」
「そういうあなたは、忘れてる事ないでしょうね」
飛んできたキツメの声に振り返ると、ちょうど街の方からフーリエさんとポアソンちゃんが歩いてくるところだった。
ツカツカと足を鳴らすフーリエさんは何か怒っているように見えるが、パスカルはそんなことより姉に会えたことを喜びたいとばかりに、嬉しそうに手を振りながら飛び跳ねる。
「あれ、お姉ちゃんお出迎え?」
「あれ、じゃないわよっ! 遠目にもわかるほど汚れまくって! 一体何日お風呂に入らなかったのよ!」
パスカルの両頬をむぎゅっと容赦なく挟み込んで、ぐいぐいと体を傾かせては戦闘で汚れたパスカルを見回した。
ああ、うん……ちゃんと突入前には入らせたけれど、核の中にはそれなりの時間いたし、戦闘も……頑張ったからね。
その後わたし達はちょっと一息とシャトル内で体を拭いたりしたんだけど、そういえばパスカルは操縦中って言って何もしなかったなぁと、今更気付く。
「えへへ……忘れちゃった」
「ああ、もういや! とてもじゃないけど面倒見切れないわ」
フーリエさんが手を離した隙に逃げようと足を忍ばせたパスカルを、フーリエさんは片手で掴んで持ち上げた。
驚いて丸まっている姿は猫そのもので可愛い、とちょっと見当違いな事を考えていると、その飼い主であろうフーリエさんがギッとわたし達を見回した。
「誰か、この野良猫をもらってくれない!?」
「生憎だがオレは、猫とは暮らさない主義でね。だからシオリもアウトだ」
「えっ!?」
「きゅー」
わたしが貰う気満々で両手も広げたところだったのだが、マリクさんにそう先回りされて沈黙する。
そんな。たしかにシェリアほど上手にお世話はできないだろうけれど、パスカルと一緒にお風呂くらい入ったげるのになあ。
その後も次々に視線を逸らすみんなの中、一人呆然としていた彼……ヒューバートくんを見て、フーリエさんはにぃと笑う。
勝ち誇ったように歩いては、不意打ちの形でパスカルを押し付けた。
「ええ!?」
「野良猫を洗うようにゴシゴシやってちょうだい!」
「うっ……」
反射的とは言え掴んでしまった手前、ヒューバートくんは戸惑ったように視線をさまよわせる。
彼が離せば丸まったままのパスカルは地面に落ちちゃうしね。
どうしよう、と泣きそうにも見える表情で途方に暮れるヒューバートくんの手の中でパスカルは一度動くと、困ったように笑いながら彼を見上げた。
「お、お手柔らかにお願いしますにゃあ〜」
ずるいずるい! パスカルすっごい可愛い! わたしが代わりたい!
そう騒ぎたいのを必死にこらえて見守っていると、ヒューバートくんは思わずといった様子でパスカルを地面に落とした。
取り繕うように眼鏡を押し上げる表情は真っ赤だ。
「ふ、風呂くらい自分一人で入ってください!」
「……弟くんはお姉ちゃんよりおっかないなあ」
「ぼくは弟くんじゃなくてヒューバートです! いい加減に覚えてください!」
「ん、わかった。じゃあ長いからヒューくんでいい?」
ぱんぱんと服に付いた土を払って、立ち上がりながら彼女は言う。
ヒューくん。
なんとも可愛らしいような、とても特別視されているような呼び方に、ヒューバートくんは口をぱくぱくと開閉させる。
なんと言えばいいのかわからなくなったみたいだ。
そんな彼などお構いなしにパスカルは自分の姉妹のところへと戻っていく。
「ヒューくんって……」
「んじゃ、あたしそろそろ行くね。じゃあまたね、ヒューくん」
「……オレもここで別れよう」
「ありがとうございました、教官。ありがとう、パスカル。それと……」
「あ……うん、わたしも、フェンデル暮らしだから……」
「そ、そうだよな……」
だから、わたしもここでお別れ。
これでまたしばらく、アスベル達には会えなくなる。
急にそれに気付いて、思わず態度がしどろもどろになってしまった。
いや、だってさ、みんなに会えないのはやっぱり寂しいし……それに、また約束、先延ばしかあなんて、思ったり。
でもさすがにこの場で「デートっつか遊びに行くのいつにするー?」なんて聞けない。
ああそうさ、ナンパは出来てもこういうのは出来ないさ。
誰に向かってかわからない開き直りの文句を心の中で繰り返していると、隣に立っていたマリクさんが一つ咳払いをした。
「シオリ、頼みがあるんだが」
「なんですか?」
「ラントに行ってメロンを買ってきてほしい」
「はあ?」
なんでこのタイミングで。
そもそも送ってもらえばいいのにとかたくさん言葉が浮かんだが、それは許さないとばかりにマリクさんは言葉を続ける。
「急に食べたくなってな。メロンはラントにしかないだろう」
「いや、そうですけど……」
「シオリ、そういえばずっと前に、女子で友情の誓いをやりましょうって言ったわよね? 私はまだしばらく忙しいから、ラントの辺りでついでにいい木、探してくれる?」
何故かシェリアまでもそんなことを言ってきた。
えと、これはなに?
二人とも、わたしの背中を押そうとしてくれてる……のかな。
「あ、そうだよそうだよ! 丁度良いし、それからメロングミも買ってきてね!」
「シェリアにパスカルまで……わかったよぅ、パシりにされてきますー」
しぶしぶ、といった風を装うが、小さくありがとうと呟く。
それが聞こえたのかは知らないが、マリクさんは一度わたしの頭を撫でるとそのままアスベル達の方へと背中を押した。
「またね、二人とも」
「また会いましょう」
「みんなー、またねー!」
大きく大きく手を振って。
また、会いましょう。