「シオリ。準備は出来たか?」
「あっはい!」
そう声をかけられて、わたしは慌てて立ち上がった。
足下にはそれなりに大きな荷物。以前、ここに暮らすようになったときにはほとんど荷物がなかったというのに、ずいぶんと増えたものだ。まあ、エフィネアに来てもう一年になるのだから、そりゃあ荷物も増えるというものだけれど。
それらをなんとか一つにまとめて押し込んで、わたしは義父……マリクさんに向き直った。
「ええと、必要なのはこれで全部のはずです」
「そうか。まあ忘れ物があったとしても、戻ってくればいい話だがな」
「それもそうですね……あの、マリクさん」
「まだいい。何も言うな。寂しくなるだろう」
だから後にしろ。
そう言うマリクさんになんだか今になって緊張してしまって、わたしは小さく頷く。
わたしは今日、実質一年義理の親子として過ごしてきたマリクさんの家を離れ、ラントに移住する。それはわたしにとって凄く凄く嬉しい事なのだけど……やっぱり、少し寂しいかもしれない。
でも、半年かかってようやく互いに準備が出来たんだからと、マリクさんが力強く背中を叩いてくれたのを思い出して、寂しさを振り払うように首を振る。確かに今生の別れじゃないんだから何の問題もないのに、不思議なものだ。
「あっいたいた!」
前触れなく扉が開いたかと思うと、そこから顔を出したのはパスカルだった。
珍しい。アンマルチア族である彼女は大抵フェンデルの大輝石の研究に籠もりきりで、ザウェートに立ち寄るというのは滅多にないのに。
しかもちゃんと風呂に入ったのだろう、なんだかこざっぱりとしている。
「おっはよーシオリ、教官!」
「おはよーパスカル。珍しいね、わざわざ家まで来るなんて」
「今日はシオリがラントに行く日だからね。しっかし教官も寂しくなるね〜。ねえねえ、もうアスベルと「娘さんを俺にください!」っていうの、やったの?」
「半年前にとっくにな。お前はその時、確かアンマルチア族が考えたパズルがどーのこーの言っていたが」
「あ〜、やっぱりかあ。研究の息抜きってしてたんだけどタイミング悪かったなぁ。あたしも見たかったよ」
「別に珍しいことやってないから……」
半年前、再びフォドラへと向かい、フォドラクイーンと対決した後。
頼まれたメロンと、それからアスベルとを連れてザウェートに戻った時、そのやりとりは行われた。
正直気恥ずかしかったのだけど、マリクさんもとても喜んでくれたから……わたしは素直に、大好きな人の手をとったのだ。
なんだかまた恥ずかしくなってきた、と視線をズラせば、パスカルはまた違う用事を思い出したらしい。
ポンと手を叩いて、マリクさんを見た。
「そうだ教官。シオリを送るついでに、リチャードに会いに行くんでしょ? あたしも同行していいかな」
「いいが、何故だ?」
「半年前の事件の最終報告と、ラントにいるフレデリックに用事。両方ともお姉ちゃんが行くべきなんだけど、今まだ忙しいらしくって」
ああそっか、半年前の事件は結局生物学……特に魔物のそういった方面の研究にも大きく影響する結果となり、フーリエさんがそれで忙しそうにしていたなと思い出す。
まだ片付けていないが、報告する義務はある……最近は魔物被害もようやく収まってきたのだ。
特に精力的だったウィンドル国王にも、きちんと説明したいのだろう。
「ねえシオリ、ついでにフェルマーのとこにも寄ろうよ! ソフィアの様子も気になるでしょ?」
「あ、そうだね。しばらく会えないし……いいですよね、マリクさん」
「もちろん構わない」
そう頷いたので、わたし達はまずザウェートに住まうフェルマーさん……パスカルの友人で、昔にフェンデル政府塔に侵入する時にお世話になった……の家へと向かった。