16-1

ふと、体がぽかぽかとすることに気付いた。
あたたかい。何か、優しいものに包まれているような感覚。
なんだろう。ふわふわする。
それなのに、誰かが泣いているような気もした。
ああ、だめだ。泣かないで。
わたし、あなたには泣いてほしくないの。笑っていて。
はやく、起きなくちゃ。
一人ぼっちなんかじゃないよって、伝えなくちゃいけないんだ。


「ん……」
「お、起きたか」

目を開いて、数度まばたきをする。
まだぼんやりとした頭で、わたしはゆっくりと視線を動かした。
知らない天井。知らない声。そばにいるのは、これまた知らない、髭をたくわえた小さなおじさん。
誰だろう。ミトスくんでもマーテルさんでも、ましてや半年前に別れて以来見ていない友人や両親でもないその人は、まだぼうっとしているわたしの額に乗っていたらしい濡れタオルをどかしながら、優しく声をかけてきた。

「大丈夫かい? あんた、背中に酷い傷を負って森で倒れてたんだ」
「倒れて……森……?」

頭がうまく働かない。わたし、どうして森になんかいたんだろう。わたしは森になんていなかったはずだ。
森じゃなくて、そう、町。戦争に巻き込まれて、パニックになった町の中で、わたし、怪我をして。背中を切られて、がれきの下に……そう、たぶん、下敷きに、なって。
ああそういえば、体、あんまり痛くない。
そうだ。あの優しい感覚。確かあれは、治癒術をかけられた時と同じ感覚。

「……ミトスくん! マーテルさん!」
「うおっ?」

勢いよく起き上がったせいか、ぐらりと体が揺れる。
あれ。あれれ。おかしいな。力は入る、起き上がれる、けど、なんか体も視界もぐんにゃりして、ベッドから抜け出せない。
混乱して頭を押さえると、おじさんが慌ててわたしの肩を掴んで支えてくれた。

「無理をするな。怪我は治療してもらったけど、あんた熱が出てるんだ」
「す、すみませ……、いや、でも、わたし以外! わたしの他に、誰かいませんでしたか!?」
「いいや。あんた一人だよ。俺が見つけたわけじゃねえが、あんたを連れてきた奴らが、他に誰かいたなら黙ってるはずがねぇ」
「そ……うですか……」

もう少し休め、とゆっくりとベッドに戻されて、わたしは深く息を吐く。
いったい何がどうなっているのか。頭もぼうっとしていてわからないけれど、たぶん、ここはあの町ではない。そして、彼の言葉を信じるなら、ミトスくんとマーテルさんは、ここにはいない、のだ。
怪我をしていたというのは本当だろう。確かに、ひどい怪我をした。死んでしまうと思ったくらいだ。わかる。でも、森にいた理由はわからない。ここがいったいどこなのかわからないが、この木造の家には燃えた跡もないし、きちんと生活用品も整ってあるあたり、戦火に巻き込まれたとは思えない。であれば、ここはあの町ではないし、近隣の場所でもない、はずだ。
だからここは、あの町ではなくて。わたしは何故か、一人でここにいる。

じわじわと現状を理解するほどに、まるで半年前に異世界へ来てしまった時のような奇妙な感覚を覚えて、言い知れない不安が募る。
ぎゅっとかけられていた毛布を握り締めると、ドタバタと階段を上がってくる複数の足音が聞こえた。

「あ! お姉さん、目が覚めたんだね!」
「本当? 良かった。大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
「ほら、荷物もちゃんと拾ってきたぜ! これでいいよな?」

ひょっこり。顔をのぞかせてから、そう賑やかに入ってきたのは三人の少年少女だ。
ミトスくんよりは年上で、マーテルさんよりは年下、だろうか。二人は男の子で、一人は女の子。金髪の女の子は、ちょっとだけミトスくんに似ている気がした。
やたらと気さくに声をかけられて、どう反応すればいいのか戸惑う。とりあえず起き上がろうとしたけれど、なんかすごく体が重かったのであきらめた。失礼かなとも思ったけれど、そんなことを気にする様子はなく、近くのテーブルに見覚えのある荷物が置かれていく。
わたしの荷物だ。わたしが持っていたもの。
ああ、ちゃんと、帯もある。よかった。

「こいつらがあんたを拾ってきたんだ。村から先生も呼んで看てもらったから、もう大丈夫なはずだぞ」
「そ、そうなんですか。ありがとうございました」
「いいっていいって! ドワーフの誓い、第2番! 困ってる人を見かけたら必ず力を貸そう! 俺はロイド。あんたは?」

「あ……ナギサです。天織なぎさ」
「私はコレットです。よろしくお願いしますね」
「ボクはジーニアス。お姉さん、怪我の具合はどう? ボクの姉さんが治癒術をかけてくれたんだけど……仕事が忙しくて、目が覚める前に帰っちゃったから」
「まあ待て。嬢ちゃんは熱が出てるんだ。もう少し休ませてやれ」

明るく名乗ったロイドくんという男の子は気持ちがいいほどの明るい笑顔で、わたしにそう名乗る。どうやら、彼に続いて名乗っていくコレットちゃんとジーニアスくんと三人で遊んでいる時に、森で倒れているわたしを見つけてここまで連れてきてくれたらしい。
髭の男の人……ダイクと名乗ったおじさんは、その熱は回復するために体が頑張っているところだから、安心して休みな、と笑いかけてくれる。
とてもありがたい、のだけれど。その前に、ここはどこだと問わないと不安だ。ミトスくんたちにもきっと心配をかけている。はやく、もどらないと。

「あの、それよりここは……」
「ここはイセリア村の近くだよ」
「イセリア……って、どこですか? テセアラ領ですか?」
「テセアラ? テセアラってーと、月の名前か?」
「え?」

なんだか話が噛み合わない気がして、ぱちりとまばたきをする。
どうしてそこで月が出てくるのだろう。テセアラ国とシルヴァラント国はとても大きな国で、名前を知らない人なんていないはずだって、そう聞いているのに。
疑問に思っているのが顔に出ているのだろう。後ろで話を聞いているロイドくんたちも不思議そうに顔を見合わせている。

「ここはシルヴァラントのイセリアですよ。お姉さんは月から来たんですか?」
「え、シルヴァラント? 国境を越えたの?」
「国境? シルヴァラントに国なんて存在してないけど……」

コレットちゃんとジーニアスくんの言葉に余計に混乱してきた。
熱のせいもあるのだろうけど、視界がぐるぐるするのは、ただの不調だけではないだろう。足元が不安定な気がする。不安で、また熱が上がったような気がする。
……もしかして。もしかして、だけど。森だなんて場所にいたくらいだし、わたしはまた、別の世界に来てしまったのだろうか。
でも、それにしては聞き慣れた単語もあるし、いったい、どういうことなのだろう。
いっそこのまま倒れて全部忘れてしまいたい、と思っていれば、ぽんと頭を撫でられる。見れば、ダイクさんがわたしの頭を撫でていた。

「とりあえず、まずは体を治すことが最優先だ。詳しいことは、また熱が引いてからにしようぜ」