「きゃっ?」
「コレットちゃん?」
バキバキと木が折れる音と、それに似合わないような間抜けな声がして振り返る。
どうやら、ロイドくんと一緒にごみを捨てに行ったコレットちゃんが、戻ってくるついでに転んで、黒板横の壁にぶつかったらしい。
らしい、のだけど。驚きすぎて、すぐ駆け寄ってやることができない。だってコレットちゃんが起き上がった時、壁には綺麗に彼女の形の穴が開いていた。
壁に、穴が、開いていた。
だというのに、周りはそれに驚くでもなく和やかに眺めているし、彼女も恥ずかしそうに笑っているものだから、驚いているわたしの感覚がおかしいみたいだ。おかしくない、と、思うのだけれど。
「いたた……やっちゃった」
「あーあ」
「え、あーあですむの?」
「大丈夫。いつものことだよ」
すげえなおい。
確かにコレットちゃんはちょっとぼんやりとしていて、何もないところで転んだり、ドジなところがあるなあとは思っていたけれど。こんなくっきりと壁に穴をあけても誰も動じないくらい、日常的な光景になっているとは、さすがに思わなかった。
すごい。これが、マナの神子というやつなのだろうか。自分で言っておいてなんだけど絶対に違うな。
「ごめんね。私いつもこうなの」
「それは……びっくりだね。痛くない? 大丈夫?」
「うん。だいじょぶ。私、結構丈夫なんだよ」
「丈夫ってレベルじゃ……もう。痛いときは、ちゃんと言葉にするんだよ。その後どう響くかわからないんだから。無理はしないでね? 強がるばかりじゃだめだよ?」
「うん、ありがとう。ナギサは優しいね。なんだかお母様みたい」
「お、おかあさま」
ふわふわ、ふわふわ。
それこそ天使のように愛らしい笑顔を浮かべながら、コレットちゃんはふんわりと笑う。可愛い、けれど、かなり心配だ。
それから「お母さんみたい」は喜んでいいのかわからない。だって九歳しか離れてないし。まだお姉さんの範囲でいてほしい気もする。いや、確かに怪我をしていないか調べたり、頭を撫でたりするのは、子ども扱いと受け取られてもいいのだけど。お母さんかあ。たぶん、参考であるリフィルさんがジーニアスくんのお姉さん兼お母さんといった様子なので、ロイドくんもコレットちゃんも、母と姉の概念を混同しているっぽくて、複雑だ。
でもそれはマーテルさんとミトスくんの関係もそうだったし、わたしもお姉さんぶろうとしてお母さんみたいなことになってしまっているのかもしれない。どう違うのか説明しろと言われても難しいし。なるほど。
「わたしの友達にもね、すぐ、痛いのとか我慢する子がいたから。だからつい、気になっちゃって。構いすぎてたらごめんね」
「ううん、こうやって心配してもらって、優しくしてもらって、すごく嬉しいよ。痛いのなんてどっかに行っちゃうんだ。その子もきっとそうだったんだよ」
「……そっか。そうだといいな。ありがとう、コレットちゃん」
もう一度頭を撫でてから、ああ、こうやってすぐに頭を撫でたりするのが悪いのかもな、と気付いた。
どうにもコレットちゃんはマーテルさんとミトスくんに似ている気がして、ついつい構いたくなると言うか、こういう接し方になってしまう。構いたいついでにこのまま掃除道具片付けに行こう、と手を繋ぐと、彼女はじっとわたしを見た。
「ナギサって、私もロイドもジーニアスも呼び捨てにしないんだね」
「うん?」
「ナギサの方が年上なのに、なんだか変な感じだな」
掃除用具庫に向かって歩きながら、コレットちゃんは首を傾げる。
そうは言っても、一年一緒だった二人のことも呼び捨てにはしなかったくらい、わたしにとってはこれが普通だ。
呼び捨て、抵抗があるわけじゃないけど、進んでしたいわけじゃないんだよね。
「そうかな? ミトスくんたちもそうだったから……」
「そうだよ! ナギサはロイドのお姉さんなのに」
「あ、うん」
「ロイドのお姉さんだから、私とジーニアスのお友達で、お姉さんで……やっぱり呼び捨てじゃなきゃ、おかしいよ」
「そうかなあ……」
「それとも、私がお姉さんって呼べばいいのかな?」
「うーん、そんなにお姉さんなんてキャラじゃないし……好きでいいけど……」
「でもお姉さんなんてよそよそしい呼び方より呼び捨ての方がいいと思うの」
ぐいぐいくる。すごい、ぐいぐいくる。
会話の主導権を握られて、どんどんと彼女に流されていく。
「じ、じゃあ……コレット」
「うん、ナギサ」
気付けばじゃあ呼び捨てにするか……と勝手に口がコレットちゃんの名前を呼んでいて、ぱあっと嬉しそうな笑顔が返ってくる。まあ、いいか。こんなに嬉しそうにしてくれるなら、呼び捨てでも。いつの間にか握られた主導権も、その後の感情も、全部これが一番よかったかも……と思わせるあたり、やっぱりマナの神子とやらはすごいのかもしれない。なんちゃって。
きっと、その笑顔がやっぱり二人に似てるなあ、と、思ってしまうのが原因だ。あんまり重ねすぎるのもよくないとわかっているけれど、彼女のお願いはなんでもかなえてあげたくなるし、守ってあげたくなる。
ぜひともこのまま健やかに育ってほしいなあ、と思いながら、わたしたちは再び教室に戻るために歩き出した。