「鳥は空へ虫は葉陰それぞれの家路よ……一番星光った……家へ帰ろう。暖かい我が家へ」
わたしがイセリアに来た時にコレットから教わった歌を口ずさむ。教えてくれたコレットは、わたしの肩にもたれながら静かに耳を傾けていた。
陽が落ちるまで、あと数分。クラトスさんと剣を交えに行ったロイドが戻ってくるまで、彼女はわたしと一緒にいることを望んでくれたらしい。しいなとリフィルさんと別れたわたしの手を引いてくれたコレットと手を繋いで、この町に暮らす女の子男の子を追い抜いて、救いの塔がよく見えるところまで歩いて。腰かけて、ただ。救いの塔を眺めている。
ハイマの一番高い場所から見る救いの塔はどこまでも高くそびえたっている。白く、白く、高い塔。頂上の見えない、世界のどこからでも見える、再生の象徴。
あそこへ行けば、世界は再生される。世界も……コレットも。救われるはず。それは本当なのだろうかと疑わしく思うけれど、他に方法を思い付くことの出来ないわたしたちはそこに行くしかない。
「ん? ……あ、それ、わたしがあげた御守り?」
くいと袖を引かれて振り返れば、わたしがコレットの誕生日にプレゼントとした御守り袋を嬉しそうに見せてきた。
ありがとう。
唇の動きだけでそう伝えてくる彼女の手の中にあるそれは、やっぱりちょっと不格好だ。もう少し、なんとかならなかったのかな、と思ってしまう。ああ、そういえば、天使になったらお祝いにまた別のものを贈ろう、と思っていたのに、旅の最中は服や装備の修正に忙しくて、刺繍の練習はできなかったな。でも、よくあちこちに引っ掛けたりして破れた服を修繕するのにジーニアスと一緒にたくさん裁縫をしたから、きっと技術は身に着いた。
……ああ。あの日の、コレットの誕生日から。ずいぶんと、遠くまで来たんだな。
「誕生日プレゼントだもん。少しでもコレットを支えられたらって思って作ったんだけど……わたし、ちゃんとコレットを支えること、出来たかな」
彼女は大きく頷く。
にっこり、満面の笑みで。
いつも通り。出会った日から変わらない、優しくて可愛らしい笑顔で笑ってくれる。笑って、わたしのことを元気づけてくれる。いつだってそう。いつだって彼女は、誰かのために笑ってくれる素敵な女の子だ。
わたしの大好きなお友達。
わたしが知らない世界で出会った、大切な女の子。
「……わたしは、コレットに幸せに生きていてほしいよ」
思わず呟いた言葉は、たぶん、そんなに大きな声ではなかったけど。それでも今のコレットの耳にはしっかりと聞こえてしまう。
目を見開いたコレットに、堪えきれない言葉がたくさん溢れ出してしまうのを止められない。
「神子とか天使とかどうでもいいよ。コレットとして。ただの女の子として。わたしの可愛い妹として。友達として。幸せに生きてほしい。おいしいものを食べて、たくさん眠って、いろんなものに触れて、笑って、大事な気持ちを言葉にして……どこにでもいる女の子として、生きてほしいよ」
そしたらわたしは、世界再生なんて放り出してコレットを守るよ。
……そこまでは言わない。言えない。それは、無責任で、ひどいことだから。ここまで頑張ってきたコレットを否定することになるから。
何かがおかしいって、間違えてるかもしれないって、そう言葉にするだけなら簡単だ。でもそれをどう正すのか、どう方法を探すのか。実行するのはとても難しい。少なくとも、今のわたしにはどうすることもできない。だから、否定だけはしてはいけない。
もう決めたからと、そう微笑むコレットの気持ちを、無視することだけはしてはいけない。
「……ごめん。コレットの決意を、無駄にするようなこと言って。天使になったって、コレットはコレットなのにね」
何故だか、このままコレットがいなくなってしまうような気がしたんだ。
こんなにたくさん、この華奢な体にのしかかるいろんなものが重たくて、重たくて、苦しくて。それなのにコレットは笑ってみせるから、その笑顔すら世界の平和のために奪われてしまいそうで、怖いんだ。
人間でも、天使でも、なんでもいいよ。コレットのことが大好きなみんなと、コレットの大好きなみんなと、生きてほしい。
そっと、コレットの指が文字を刻む。地面に残されていく彼女の聞こえない声は、やっぱり彼女は天使になるのだと語った。……大好きだから、天使になると。
(神子じゃない私を、ロイドとジーニアスとナギサは好きになってくれた。神子じゃない私を守ってくれた。みんなが、私のことを大好きだって言ってくれた。だから、神子である私がみんなを守るの)
ちゃんと幸せなんだよ、と締めくくられた言葉に、わたしはコレットの手を握る。
痛いほど握ってるのに、彼女は微動だにしない。本当に感覚がないんだってことが嫌になるくらいわかって、目の奥が痛くなる。
「コレット。約束、したよね。天使になってもずっと友達だって。必ず君を守るよって。わたし、約束を破りたくない」
ミトスくんとマーテルさんとの約束を何も守れないまま、一人ここに来てしまったことをずっと後悔している。
でももう彼らはいない。だからせめてわたしを慕ってくれる可愛い子たちを守りたかった。もう約束を破りたくなかった。その一心で、ひたすらに彼女を抱き締める。
「大好きだよ、コレット。わたしも、コレットやロイドやジーニアス、リフィルさんにしいなにクラトスさん。ダイクおじさんやみんながいるシルヴァラントが好き。誰もいなくなってほしくない」
世界は再生されてほしい。
テセアラとどちらかを選べというなら、シルヴァラントを選びたい。
でも、再生された後も、天使でいいからコレットに傍にいてほしい。
笑っていてほしい。
「自分勝手でごめん。でもわたしは……わたしはもう、約束を破りたくない。誰も失いたくないし、失わせたくなんかないの」
そっと囁く声は聞こえていただろうけど、コレットは反応を返さなかった。
ただ、もう感じないわたしの温もりを探すように、ぎゅっとわたしにしがみついてくるから。ロイドが迎えにくるまで、わたしはコレットを抱き締めていた。