45-1

「どうして、世界再生なんてあるのかな」

ぽつり。思わず呟いてしまった言葉を、風がさらっていった。
今わたしがいるのは、救いの塔が一番良く見えるという町、ハイマだ。
明日、ここで竜観光の開業しようというおじさんに飛竜を借りて救いの塔へ行くことになっている。再生の書に書かれていた通り、四つの封印を解いた後は、最終目的地の塔へたどり着くことで旅は終わりだ。
見えてきた旅の終わりに、今夜は自由行動としてゆっくりと過ごそう……となったわけだけれど。特に何もない町だし、そんな明るい気分にもなれない。結局何をすることもなく、しいなとリフィルさんの三人で、ただぼうっと風を浴びていた。

「繁栄と衰退を繰り返して、何か意味があるのかな」
「さあ……あたしにもわかんないよ。ただ、シルヴァラントとテセアラは、それを四千年近く繰り返し続けたんだ」

四千年。四千年前と言えば、わたしが以前過ごしていた、ミトスくんとマーテルさんがいた時代だ。
あの時はまだ、二つの世界はこんな関係じゃなかったのか。それとも、知らなかっただけであの時からすでに衰退と繫栄は繰り返されていたのか。わからない。
ものすごく好意的に考えるなら、マナの量を絞り過剰な繁栄を防ぐことで、魔科学を発展させないようにして、以前のような戦争が起きないようにしている、とか。でもこれじゃあ、神話にも登場し、今なお活動していることが衰退世界の証だというディザイアンの存在がわけわからなくなっちゃうな。彼らは牧場でマナを大量に消費しているらしいし。
そもそも一方の世界に負担を押し付ける時点で、最良の手ではない。どうしてこんな仕組みの世界が出来上がったのか知らないけれど、苦しむ人ばかりを見ていると、本当に世界は救われるのかな、なんて思ってしまう。

考えてみるけど、結局何も浮かばなくて、わたしは相当困った顔をしていたのだろう。しいなが心配そうにこちらを見た後、わざと明るい声をかけてきた。

「あんたの元々暮らしていた世界は、こことは全然違うんだろう? どんな所なのか、詳しく聞いてもいいかい?」
「構わないよ。えーと、まずね。魔物とか魔法とか、そういうの存在しないの」
「じゃあ、精霊もいないのかい?」
「それは……いるって人と、いないって人がいるな。わたしたちの目には見えないだけで、精霊や神様がいつも見守ってくれている……そう信じてる人もいるけれど、魔法ではなく電気とかエネルギーで動く科学が生活の中心だったから、そういうのは全部、御伽噺って扱いだったな」

国によって精霊の扱いも違えば宗教とかも全然違ったし、日本においては八百万の神とか言ってなんでも神様にしちゃうし。文化も常識も全然違った。それでもいろんなルールを決めたりして、みんなが同じ世界で暮らしていた。
……ああ、そうなんだよな。すごく今さらだけど、わたしは今、日頃からゲームな物語の中でしかないと思っていた、ファンタジーの世界にいるんだ。わたしの常識が通用しない、全然知らない世界にいるんだ。

「たくさんの国はあるけど、世界は一つだけで……戦争も差別もあったけど、今はみんなで一緒に生きようと歩み寄り始めた時代で……課題も問題もたくさんあるけど、わたしの国ではまあ、ぼうっとしてても案外なんとかなっちゃうくらいには生活基盤も整っていたし。わたしから見える限りは平和な世界、だったと思うよ」

一つ一つ思い出しながら話してみるけれど、ミトスくんたちと一年、ロイドたちと一年の計二年もこっちにいるのだ。追放だータイムトリップだーまた追放だーと騒がしかったし、元の世界について忘れてしまったことがたくさんある。
二十数年もそこで生きていたのに。わたしなりに頑張ったり頑張らなかったり、いろんなことを経験しながら育ったはずなのに。薄情だって自分でも思ってしまうくらい、抜け落ちてしまったこと、たくさんある。なんだったら、目の前のことで一生懸命になりすぎて、思い出そうとしたことも少なかった気がする。
ちゃんと、生きていたはずなのにな。

「ナギサの世界の話をきちんと聞くのは、思えば初めてね。科学だけの世界。マナのない世界……私たちには考えられないわ」
「あれ、今まで何度か話したと思ってましたけど」
「話はしていたわ。けれど、私が強請ったというのもあって、結局はこの世界の古代時代の話が中心で、そのままミトスくんとそのお姉さんの話になって終わっていたわ」

確かに。言われて思い返してみるとその通りかもしれない。
あんたは本当にその二人が好きなんだねえ、とフォローしてくれるしいなの優しさが胸に沁みた。

「シルヴァラントにもテセアラにも関係ない、あたしらとは全く違う世界、か。なんだって、ナギサはそんなところから来ちまったんだろう。しかも、時代まで超えて」
「さあ……正直もう、来る前のこと、あんまり覚えてないんだよね」
「……寂しくないのかい?」
「全くって言ったら嘘だけど……どうにも出来ないし」

どうにもならない。わたしは、自分の世界に帰る術を持たない。
異世界に渡る前は、将来を思って不安になってばかりだったけれど、やっぱり恵まれていたんだろうなあって、全然違う文化と世界観を持つエルフの里で暮らしていて実感した。迷うだけの時間があったのだ。いつも。他のみんなと比べて落ち込むことはあっても、それでも毎日を過ごすことができた。
こちらは違う。毎日保証されているものがない。だから、未来が見えないという意味では、こちらの世界に来てからの方が不安でいっぱいだったと思う。それでも、ミトスくんとマーテルさんがいれば怖くないって思った。
今はいないけど、二人がいたから、きっとこの時代でもなんとかやっていけると思ったし、実際、みんなと会えて、仲良くなれて、旅をして……わたしは今は、ここで生きている、から。ここで生きないといけないから。
だから、寂しいって思っても、考えないようにしていたの。今少し、寂しいな、薄情だなって思っているのはきっと……きっと。どうにもならない目の前の問題から目を背けたくて、現実逃避、しようとしているのだ。

「そうね……どうにもならないことは、いっそ考えない。それもまた、大事な選択だわ」
「……リフィルさんには、ちょっと我慢できない選択ですか?」
「あら……そんなことなくてよ。考えても意味のないことだと判断したなら、私だって先送りにします。……自分と折り合いを付けなければ、生きていけないわ」

何かを選んで、何かを諦めて。そうして生きていくしかない。
考え続けるために、何かを考えないことを選ばないといけない。
世界再生の旅の代償が正しいのかわからないのに、立ち止まるわけにはいかない。

「だから……これはそうね、可愛い生徒の卒業式、とでも、思うしかないのよ」

伏せた目は、卒業を祝うには悲しそうな色をしていた。