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「天使様は、間違えているの?」

リーガルさんが部屋を出て行ったあと。少しだけお腹を休めて、もう一度ベッドに戻ったところで、ミトスがそう問いかけていた。
いつの間に起きていたのだろう。ゆっくりと目を開いた彼は、その綺麗な瞳でわたしを見上げている。

「ごめんね。みんながなんのために戦っているのか、ちゃんと聞いたからわかっているんだけど……どうしても、生まれた時から天使さまの話を聞いてきたから。ボクたちを守ってくれるって、聞いて育ったから……やっぱり、すんなりとは受け入れられなくて。……こんな怪我をしてまで、止める必要はあるのかな、って、思ってしまうんだ」

そっと、彼の手がわたしのわき腹を撫でる。もう痛くはないけれど、ちょっとくすぐったい。でも、起き上がった彼の表情が曇っているのを見たら、とても笑いだせるような空気ではなかった。

「もしかしたら、ボクたちには想像もできないような、何かすごい思想があって……誰かのことを助けたいって思ったのかもしれない。そんな風に考えてしまうんだ」

世界を二つに引き裂いたユグドラシル。
彼の事情を、わたしたちはまだ知らない。どうして世界を引き裂く必要があったのか、どうしてこんな歪な形の世界を作り上げたのか……何も知らない。二つに分かれる前の世界は、今よりもっと酷かったとしても、わからない。
だから、ミトスの考えも間違っていないのかもしれない。それに、生まれた時からクルシスや女神を敬うように言い聞かされられて育ったら、そりゃあ、そんな風に不思議に思ったりするよね。長い間教育として植え付けられたものは、そんなに簡単に変わったりはしない。

「わたしの見えない事情に対しては正しかったのかもしれない。でも……わたしが見える範囲のことを思うと、正しいって言ってあげることはできないかな」

でもわたしたちはやっぱり、今の世界しか知らないから。「現状のシルヴァラントとテセアラ」を見た意見しか言えないから。
そして今、苦しんでいる人がたくさんいることを知っている。お互いを搾取しあい、苦しむ光景を見た。そうしたら……この二つの世界の形は正しいなんて、とても思えない。
わたしはゆっくりとミトスの頭を撫でながら、ごめんね、と首を振った。

「もし本当に、誰かを……世界を救おうとしたのだとしたら、その気持ちはとっても大切だと思う。その優しさは否定したくない。……でも、その代わりに他の人を苦しめていいのかって聞かれたら、いいよ、とは、言えないかな」

ミトスくんたちと同じ名前を持つ天使。
もしかしたら本当に、彼は世界を……誰か大切な人を救おうとしたのかもしれない。そんなことは考えたことがなかったし、情報の足りないわたしたちにとっては、ただの想像でしかないけれど。
もし、そうだとしても。わたしは、彼のことを正しいなんて、言ってあげられない。

「前に、わたしのミトスくんが勇者ミトスかもしれないって話、したよね。あの時、ミトスくんは「人もエルフもハーフエルフも、みんなが当たり前に生きられる世界を作りたい」って言ってたんだ」

───ボクに力を貸してほしい。戦争を終わらせて、みんなが同じように生きられる未来を創るために、力を貸してほしい

「……もし、彼が戦争を止めた後に世界が滅びそうになったとか。誰かを守ろうとしたとか。「正しい気持ち」があったとしても……その、あの子の最初の願いを無視した今の状態を、わたしは認めたくない、な」

彼らが頑張って手に入れた平和を壊してしまったのなら、認めたくない。
彼らが願った優しい世界を遠ざけた彼を、間違えていないとは言えない。
これはわたしの個人的な意見だ。でも同時に、どうしても引っかかってしまう名前を持つ彼と分かり合えるなら、それ以上はないとも思う。……これは、事なかれなわたしの気持ち。

「でももし、本当は優しい人だったら、戦わなくてもいいかもしれないね。今は間違えてても、これから一緒にやり直せて行けたら……」
「……ごめんね……」

わたしの言葉を遮るように、ミトスが謝罪の言葉を口にする。
どうして彼が謝るのだろう。問いかける前に、彼はぽすりと再び横たわって、わたしの膝に頭を埋める。
ジーニアスはまだ目覚めない。再び静かになった部屋で、わたしは意味もなくミトスの頭を撫でていた。