どうにもわたしを寝かしつけたいミトスとの攻防戦により、わたしだけベッドに入ってミトスとジーニアスの三人で話をしたりカードで遊んだりして、数分後。
ベッドの上に乗りあげて、わたしの膝を枕にする形で少年二人が眠ったのを確認して、こそこそと裁縫道具を広げていた時だ。
「すまない、今いいだろうか」
ノックの音が聞こえてきて、裁縫していた手を止める。
中に入ってきたのはリーガルさんだ。手錠をしたまま、器用に何かを持って扉を開く様子を見ていると、彼に手錠って意味あるのかな、と思わないでもないけれど、本人も外したくないようだし、わたしが言うことではないだろう。
彼はお留守番組の一人だ。ここに残ったのはわたし、ミトス、ジーニアス、リーガルさん、プレセアちゃん、しいなの六人だ。
しいなは精霊との契約でどうしても出場しなくてはいけないからと連戦続きだし、リーガルさんとプレセアちゃんは牧場で大活躍だったし。ミトスと一緒に残るならとジーニアスが選ばれて、このメンバー。
くたくたと言ったゼロスくんはお留守番組に入れてもらえなかったことに笑ってしまったのは、ちょっとだけ内緒だ。
「どうしたんですか、リーガルさん」
「シルヴァラントの料理に興味があってな。レシピを教わって作ってみたのだが……味見をしてもらえるだろうか」
「もちろん! ありがとうございます!」
お料理好きだというリーガルさんが持ってきたのはオムライスだ。
とろとろの卵にとろとろのソース。すごい。もう見た目がきらきらして見える。同じ食材を使っているはずなのに、どうしてこんなにおいしそうなんだろう。
わたしは急いで裁縫道具を片付けて、そーっとベッドから抜け出る。さすがにベッドで食べるのはお行儀が悪いからね。二人が起きなかったのを確認してから机に向かえば、リーガルさんがゆるりと頬を緩めた。
「ジーニアスとミトスは眠っているのか」
「寝かしつけました」
三人で遊ぶのは楽しいけれど、わたしの怪我とか、お姉さんの笛とか、いろいろと積み重なっているのか、時々ミトスが泣きそうになるのが見ていられなくて、ジーニアスを巻き込む形で寝かしつけたのである。
二人だけ座ってるとか気になる云々、ちょっと横になったら云々、一緒に内緒話してるみたいで楽しいね云々。いろいろと話しかけて横にさせて、とんとんと背中を叩きながらなるべく静かに、ゆったりとした口調を意識していれば、やがてジーニアスの目がとろんとしてきて。その後を追うように、ミトスも目を閉じたのを確認して、やり遂げたと静かにこぶしを突き上げたのはちょっと前だ。
安心して、ちょっと暇になれたので、前にロイドたちに勧められたお守り袋の作成に手を出していたんだけど……うーん、まあ、そんなにね。手放しでほめられるようなあれではないけれど……が、頑張ろう。
「それにしても、ずいぶんと懐かれたようだな」
「うーん、もはや引っ付き虫状態で。今寝かしつけたところです」
「はは。神子も言っていたが、まるで母親のようだ」
「そんな覚えはないんですけど……」
「ああ、すまない。そうだな。……君は良い意味で普通というか、共にいるにあたって、気負う必要はないと安心できる空気がある。それを、母親のようと表現させてもらった」
「あ、そ、そうなんですね……照れるな……」
物は言いよう、とでもいうのだろうか。
今までもママみたいとかおばあちゃんみたいとか言われては、微妙な気持ちになっていたけれど、ようは実家のような安心感を覚えるという意味なら、まあ、素直に喜んでもいいだろう。
「うん、美味しい! さすが!」
「ならばよかった。基本的に食べるものも、味の傾向もあまり変わらないようだが、こちらは食材本来の味を楽しむ傾向が強いらしいな。だからこそ、料理人の腕が問われる……いい体験だった」
やり遂げた、とばかりの表情を浮かべるリーガルさんに思わず噴き出してしまいながら、彼が作ってくれたオムライスを口に運ぶ。
そういえば、こうして二人でじっくりと話をする機会、初めてかもしれない。基本的に団体行動だし、宿では男女で分かれるのが基本だし。
改めて話してみて思うのは、彼がすごーく教養の深い上品な人、ということだ。言い回しも紳士的だし、とても人を殺して牢に入れられたとは思えない。そんな嘘を吐くような人でもないから、きっとそれは本当のことなんだろうけど。
「リーガルさん、結構物知りというか、教養があるというか……囚人なのが不思議な感じです」
「そうか。……だが物知りという意味では、ナギサもそう変わらないだろう。一通りの事情は聞いたが、さすがに私も古代の知識は持っていない」
「知識ってほどのものも持ってませんけどね」
「我らが互いに知らぬ交友関係があり、知識を得る場所があり、思い出があった。それに君は、世界や時代を渡り歩いた分、たくさんの素敵な思い出をもっているのだろう。それは、何よりの宝だ」
君も私も変わらない、と目じりを緩める彼に、その発想がすでに素晴らしい人だよなあ、とわたしも笑みを浮かべる。
それから、ちらりと眠る二人を見て、わたしは視線を落とした。
「……でも、その分。ちゃんと、目の前にいる相手のことを見てあげられているのかなって、不安になります。ミトスはもちろんですけど、ロイドやコレットにも、あの二人の面影を探してしまった時もあるんですよ」
新しい誰かと知り合った時、誰かに似てるな、と思うこと自体は、そんなに珍しいことじゃないと思う。すぐにその人らしさでかき消されるものだし、ちょっと似てるね、と笑ってすぐに忘れるようなものだけど。
わたしは、どうにもミトスくんとマーテルさんのことをなかなか忘れられないようで。すぐに誰かに面影を探しては、二人のことを思い出している。ここが似てるな、ここが似てないな、そればっかり。相手にも失礼だからやめたいなって思うのに、どうしても一回は考えてしまうのだ。
ロイドのまっすぐさやコレットの見た目がミトスくんに似てると思った。
コレットののんびりとしたところがマーテルさんに似てると思った。
今はさすがに、二人は全然別の人間で、全然違う魅力があって、全然違う意味で大好きなんだけど。
「でも今は、ロイドとコレットだから、二人が好き。そう思うのと同じように、ちゃんとミトスのことを見て、ミトスのことも好きになりたいんだけどな」
ミトスは、本当に、ミトスくんにそっくりだから。
いつまでも重ねてしまいそうで、怖い。こうして彼だけに渡す贈り物を作って、彼と会話をして、彼のことを一つずつ知って行っても。どうしても、どうしても、忘れられなくて、重ねてしまう。
嫌だな。わたし、ちゃんと、ミトスのこともミトスくんのことも好きでいたいのに。混ぜて考えたくなんてないのに。
「好意を寄せた相手に似た人間を前にして、何も重ねるな、何も思うなと言う方が難しい」
そっと、リーガルさんがそう口を開く。
その声は後悔しているようにも、遠い過去に思いを馳せているようにも聞こえた。
「何をしていても。何を後悔しても。何を成しても。……すぐに忘れたりなどできぬ」
「……プレセアちゃんに似た人のことですか?」
「……すまない」
「いえ。わたしこそすみません。わたしは大好きだからたくさん話しちゃうけど、リーガルさんは大好きだから話したくないんですよね」
大事な思い出を、彼は静かに、大事に抱えたい人なのだろう。
それを聞き暴こうとするのはひどいことだ。だからわたしは、またオムライスを食べることを再開した。