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夢を見る。
昔の話だ。まだ、マーテルさんとミトスくんと一緒にヘイムダールの外れに暮らしていた時の記憶。
夢だってわかるくらい、もう届かない過去になってしまった時のことを、夢に見る。

「姉さまの病気を治すには、ユミルの果実が必要なんだ」

夢は唐突に始まってしまったから、いつの時のことかわからなかったけれど。その一言に、マーテルさんが熱を出して、二人で彼女の熱を下げるための果実を探しに森の中に来た時のことだと思い出した。
ミトスくん一人では心配だから。
わたし一人では心配だから。
互いにそう言ったけど、本当はただマーテルさんを助けたかっただけ。二人とも彼女のことが大好きで、大切だったから。これ以上苦しんでほしくなくて、早くよくなってほしくて、一緒にユミルの森を駆け回る。

「あ、あれかな?」
「きっとそうだよ。待っててね、今……」

ようやく見つけたユミルの果実はずいぶんと背の高い木の上に生っていて、とても届かない場所にあった。
でも、ここはユミルの森。ちょっと不思議な植物も生えた、マナが溢れる森。近くの花に音楽を聞かせればやってくる、動物たちの力を借りれば問題なく採れるはずだ。

「うわわあっ!!」

問題ない、のだけど。
走ってきた猪に思わず悲鳴をあげる。彼が木にぶつかって、ユミルの果実が湖にぽちゃんと落ちるのを聞きながら、わたしはミトスくんの後ろに隠れた。

「……どうしたの? ナギサ。そんなにびっくりして」
「あ、いや、えっと……びっくりしちゃったから」

ちょっと嘘。
ここに初めて来た時に猪のせいで湖に落ちたことを思い出してしまって、思わず隠れてしまったのだ。だってほら、ここも湖の近くだし。また落ちるかもしれないし。
恥ずかしいからそこを濁したのだけど、ミトスくんはその時にわたしを助けてくれたのだ。すぐに思い付いたようで、ぷすりと笑う。

「ナギサは怖がりなんだね」
「う、うるさいな」

気恥ずかしくてミトスくんの頬を抓る。
柔らかい。可愛いな。いひゃいよお、とちょっと間抜けな声に、わたしもすぐに笑ってしまった。

「いてて。へへん、でも任せてよ。ボクがナギサをちゃんと守るから」
「ミトスくん……」
「あ、ユミルの果実が魚に食べられちゃう!」
「うわわ、ちょっと魚、向こうに行って!」

慌てて湖の中に入って魚を追い返す。濡れてしまったくらいなら気にしない。
とにかく果実を手に入れて、わたしたちは急いで家に帰った。
うなされていたマーテルさんを看病して、その間にミトスくんが果実を飲みやすくする。
そうして出来たものを飲んでしばらくすれば、マーテルさんはすっかり良くなった顔色で笑ってくれた。

「マーテルさん、大丈夫?」
「ええ。だいぶ楽になったみたい。二人ともありがとう」

彼女の言葉に思わずミトスくんと手を叩き合う。
それから、わたしまで子供みたいに笑って胸をはった。

「ボクとナギサが力を合わせれば、これくらいどうってことないよ」
「どっちかが困った時には、必ず助けるって約束したしね」

約束。
そう、約束。
二人としたたくさんの約束の中の一つ。
一緒にいよう。いつか話を聞こう。一緒に戦おう。嫌いな食べ物はこっそり交換しよう。困った時には助け合おう。迷った時には、一緒に悩もう。
どちらかが困った時には、必ず助けあおう。

「それより! マーテルさんはちゃーんと自分の体調にも気を付けて! ほら、もっと暖かくして」
「あらあら」

その約束達を、わたしは全然守れなかった。二人のこと、置いてきてしまった。
今ならごめんねって言えるかな。夢の中だけどいいかな。でも、夢の中では幸せでいたいな。だってほら、マーテルさんもミトスくんも笑ってる。この優しい夢を、わたしの罪悪感で台無しにしたくないな。

「この石を握っているとね。力が湧いてくるの」

あれ。

「これもきっと、ナギサがくれたものよね。だって、ほら、これと同じ、綺麗な石」

こんなこと、言ってたっけ?

「あなたは最期まで私たちのことを気にしてくれたのに、本当にごめんなさい。私じゃ、あの子を守ってあげられなかった……」

悲しそうに、ベッドの中のマーテルさんが表情を暗くする。
気付いたら、夢の中にはわたしとマーテルさんしかいなかった。
彼女は泣きそうにわたしを見る。

「でももし。もしももう一度、出会ってくれるなら。もう一度、好きになってくれるなら」
「マーテルさん……?」
「お願いよナギサ。約束を……」

彼女の聞こえなくなっていく。姿が遠くなる。手が届かなくなっていく。
待って。待って。待って!
必死に手を伸ばす、必死に!

「マーテルさん!」