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まずは、この物語の主人公で、語り手であるあたしの話をしよう。
といっても、物語が始まる前のあたしの話に面白いことなんてないから、退屈してしまったらごめんなさい。それでも、これからの物語を見届けてくれると嬉しいです。
まず、名前。あたしの名前はファルファッラ・アーロス。みんなからは「ファル」って呼ばれることが多い。今年で十三歳になる女の子。この村で唯一のお医者さんであるママと、あたしとそんなに年齢が変わらないんじゃないかなと思ってしまうくらい見た目だけは若いパパと、真っ黒で大きな犬のシオとあたしの四人で暮らしている。ユークロニア帝国本土の東端、名前もないような小さな村に住む、ただの一般人だ。
趣味は本を読んだり、シオと遊んだりすること。というかそれしか出来ないとも言う。あたしはびっくりするくらい体が弱いので、外で駆けまわったりすることができないから、一緒に遊んでくれるような友達はあまりいないのだ。
外に出てできることなんて、今こうしているようにシオと一緒に座り込んで、ぼんやりと日向ぼっこをするくらいしかない。それすら、あんまり長くいると体を冷やしてしまって体調を崩してしまうから長居することはできない。
外を駆けまわることはできなくても、せめて魔法が使えたら何か変わったかもしれない。でも現実はそんなに優しくなくて、そちらの才能もまったくなかった。火の魔法を使おうとすれば熱を出すし、水の魔法なら体温が下がって倒れるし。どうにも魔法の影響を受けやすいとかなんとかで、練習すらままならないのだから、もうお手上げだ。とにかくできない尽くしなので、同年代の子供たちと一緒に遊べるはずもなく。狭い村で、そんなに同年代の子供なんていないはずなのに、あたしには友達がいないのである。
それは寂しい、けど。もう慣れちゃった。十三年もこの体で頑張って生きていれば、できることとできないことの区別はつくし、うらやましいと駄々をこねても体力を消耗するだけだと覚えてしまうものだ。
でも最近は、ちょっと毎日が楽しい。お友達が、できたから。
「ファル、今日はここで日向ぼっこかい?」
ひょっこり。木の下で休んでいるあたしに話しかけてくれたのは、アーリエンズ・フォーマッドというおにーさんだ。綺麗な黄金色の長い髪の毛を編み込んで、この辺りではあまり見ない厚い生地を使った、赤い模様の入った白い綺麗なケープを着ている。その服は世界に祝福を与えてくれる精霊様を祀る精霊教会の由緒正しい神官見習いの服、であるらしい。魔法を使える人が少ないこの村ではあんまり教会の教えは詳しく伝わっていないので、どこら辺に由緒正しさがあるのかわからないけれど、「神官」の言葉を聞いてぼんやりとイメージする通りに、柔らかそうに笑ってあたしの顔を覗き込んでいる彼のことを、あたしはアーリィ、って呼んでいる。
アーリィは一年ほど前、村の入り口の近くで倒れていたところを村の人に発見されてママのところに運び込まれてきた。詳しい理由は語ろうとしないので、こののんびりとした雰囲気に反して、かなり謎多き人である。
最初のうちは村の人からも不思議がられていたけれど、もともと警戒心の薄い、のんきな性格の人が多いこの村では、そんな事件などすぐに忘れられてしまった。アーリィは神官見習いの服を着ているだけあって魔法が使えるお人好しであったから、まあ細かいことなんてどうでもいいか、と馴染んだのである。
あたしも、別に詳しく聞くつもりはない。語りたがらないことを無理に聞く人にはなりたくないし、人それぞれ事情があるからとパパも言っていた。それよりも、こうしてあたしと話をして、友達になってくれた彼のことがとても大好きだということの方がずっと大事だった。
「そうだよ。アーリィは?」
「これから買い出し。せっかくだし、ファルもどうかなって」
見かけたから声かけちゃった、とはにかむアーリィは、たぶんあたしがこのまま倒れたりしないか心配してくれている。運動しないのも体に悪いからとシオとうろついているあたしを気にかけて、何かあったときに大丈夫なように、一緒に歩く理由を用意してくれているのだ。それくらい、今までのアーリィの優しさを思えば簡単に推測できることだった。
それはもちろん、あたしに断る理由はない。ないのだけれど、ううん、と悩んで、手の甲に口を当てる。考え事をする時のあたしの癖だ。よくわからないけど、こうすると落ち着いて、いろんなことを考えられるような気がするから、ついやってしまう。
一緒に歩くのはとってもとっても魅力的だ。彼とのお散歩は楽しい。シオもよくなついているし、悪いことなんてない。ないけど、今日はなんとなく、違うなあ、と思った。
「すごく魅力的なお誘いだけど……今日はなんだか調子がいい気がするんだ。だから、あっちの湖までお散歩したくて」
だって今日は、久しぶりにすっきりと起きられたのだ。いつもなら微熱があったり、どこかが苦しかったり、いつも重い体がさらに重かったりと散々なのに。今日は大丈夫だった。少しだけふらついたけれど、視界が回ったりはしない。呼吸すればした分だけ、酸素が体に入っていくのがわかる。そんな目覚めに、あたしはものすごく感動したのだ。
きっと今日はいい日になる。だから、いつもは行けない場所まで歩きたい。そこで何か、いいことがある気がする。何かの物語が始まるような、そんな素敵な予感。
少し、誘いを断るにはふわふわとした理由だと思うけど。アーリィはまぶしそうに目を細めて笑うと、わかったよ、とあたしの頭を撫でてくれた。
「そっか。じゃあ、気を付けて行ってくるんだよ」
「うん」
「シオ、ファルのこと頼んだよ」
わん! と元気よく返事をするシオと一緒にアーリィを見送る。さて、休憩して少し落ち着いたし、あたしも湖への散歩を楽しむとしよう。
立ちくらんだりしないよう、ゆっくりと立ち上がる。さらさらと髪を乱す風を浴びながら、うんと体を伸ばして、きらきらと午後の日差しが降り注ぐのを眺める。
優しい人たち。大好きなパパとママとシオ。のんびりとしていて穏やかな村。
あたしはできないことが多くて、大変なこともたくさんあるけど。
あたしは、この場所が、とても大好きなのだ。