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風に背中を押されるように、薄紫の朝に焼けた色が青く染まっていく。
白い雲の影を塗りながら、眩いほどの青い空に変わっていく。
その一瞬の色。美しい空の色。その下にあったはずの幸福が、どうしても忘れられない。
穏やかだったあの日々が、己と同じはずの美しい瞳の色が、こちらに伸ばされた腕が、優しい優しい声が、何かも。忘れられなくて、忘れたくなくて、大きく大きく手を伸ばして。
全部、全部を捨て去るみたいに、踏み出して。
「ぃいっ……たあ……!」
どさりと大きな音を立てて、それは落ちる。
近くにあったはずの空は遠のいて、風を抱こうとしていた腕は地面に落ちて、踏みしめるための足も動かせば痛んで、起き上がることができない。
しばらくもぞもぞと体を動かそうとして、やっぱりだめで。これはダメだと、げんなりとした顔で空を見る。憎らしいほどに晴れ渡った空は、当然何も言葉を返さない。けれど代わりに、柔らかく吹いた風が、あーあ、と呆れた声を拾った。
「すごいよくない落ち方をしたんだよ」
『人に任せきりで前を見ないのが悪い』
「自動運転だって聞いてたんだよ!」
『自動運転だったことないだろ』
「それもそうなんだよ」
声だけを響かせて、姿なき相手と漫才のようなやり取りをするのは、起き上がることができないからだ。痛くても泣くわけにはいかないからだ。
そうして立ち止まることを良しとしていないから、動けないという事実に途方に暮れて、せめて日常を続けたくて言葉だけを落とす。
青空の下。穏やかな日常の象徴の下。遠くから花の香りを運ぶ風の中。踏み出そうとした空は、まぶしかった。
「……だ、大丈夫?」
問いかけられた声にゆっくりと頭を上げる。
そのきらきらとした瞳には、己だけが映っていた。