10
そのトンネルを抜けること自体は、そんなに難しいことではなかった。
仕組みさえわかってしまえば簡単だ。この魔法をかけたのはアネスト本人であったなら話は別だが、そうでないなら、不可能ではない。少し時間は必要になるが、必ず魔術式は解明できるし、解除できる。心配していたディストの妨害が無いのなら、そのトンネルを抜けること自体はたやすい。
他に何か用事があったのか、それとも通れるわけがないと高を括っていたのか。想定していた妨害もなく、あっさりと抜けることのできたトンネルを振り返って、アーリィはほっと息を吐いた。
トンネルの先。大精霊が眠ると言うその花畑は、美しい場所だった。
村のあちこちで見ることのできた小さくて白い花が、辺り一面に敷き詰められるように咲いていて、ゆったりと風に吹かれている。
ふわり。ひらり。白い花びらが揺れて、散って、舞って。こんなに花びらが舞っていたら、花はもう枯れてしまうのではないかと思うけれど。それでも花畑の花の数が衰えることもなく、どこまでも白い花の海が広がっていた。
ひらひらと空を泳ぐ花びらを、メイがどこか楽しそうに追いかける。ぴょんぴょんと跳ねて花びらを捕まえようとする様子は年齢通り子供らしい。アーリィが少しだけ頬を緩めている間に、秋帆はずんずんと花畑の中心まで歩いていくと、おもむろにしゃがみこんで、花の中に埋もれるように鎮座されている古ぼけた台座をそっと撫でた。
「……封印は一部が壊れていますけど、まだ精霊が切り離されているわけではなく、機能もしています。けれど精霊の気配がありませんね」
「大精霊様はここにはいないってことかい?」
『それはない』
アーリィの問いかけに、メイの手の中にある箒が返事をする。表情こそわからないが、その声はいつもより硬いものに聞こえて思わず身構えると、秋帆がゆっくりと立ち上がった。
「異変が今も起きているということは、精霊はまだ正常な状態に戻ってはいません。「浸食された」という証言と、トンネルの結界。領地の外に異変が広がっていないことを考えると……魔法か何かで感知されないように隠されている、んだと思います」
「隠す意味ってあるんだよ?」
『隠すというより、制御できないから首輪をつけてるってことじゃない? ……たとえば、素敵なお父様の体に大精霊そのものを押し込んで封印して制御してるとかしてさ』
そんな方法、破滅的過ぎて馬鹿馬鹿しいけど、と呟くアイヤールの声は呆れ果てた色を宿して響く。実際、いくら意図せず封印が解かれることになったとしても、属性相性のことなんて当然わかっているだろう偉大なる魔術師が選択するにはあまりにお粗末なものだと呆れているのだろう。そうして実際に浸食によって動けなくなっているというのだから笑いものだ。
それでも、その後の対処は理解できるから困る。浸食されるくらいに扱いきれていない相手をなんとか抑え込んでいる時に、よそからやってきた誰かが刺激したりすれば、あっさりと制御を失うだろう。そうならないように、どうにか隠して抑え込むことで被害を最小限に留めているのはさすがだ。
……その一方で。そこまでの力を使って、周りに被害が出ないようにと頑張ってきたのに、どうして最後の最後で人の魂を奪うだなんてことを選択するのだろう、と。またしてもちぐはぐな状況に、首を傾げるしかできない。
それも大精霊の居場所をはっきりとさせなければわかるはずもないか。そう結論付けて花畑を歩き回ろうとして、ぴり、と肌が粟立つのを感じる。少し痛いくらいの魔力に身構える前に、トン、と秋帆が杖で地面を叩けば、彼女を中心に薄い障壁が周りを囲った。
直後、つんざくような雷鳴が響いて、思わず耳を塞ぐ。その落雷は障壁にぶつかって周りの花を少々焦がすことしかできなかったけれど、明確にこちらを狙って落とされたものだと言うのは、もう考えなくてもわかった。
さくり。さくり。
小さく音を立てて花を踏む足音が聞こえる。その足音の主は、相変わらず形だけは紳士的に笑っていた。
「動揺すらしてくれませんか」
「また出たんだよ!」
「当然。というより、喧嘩しにきたのでしょう?」
あそこじゃ狭いので、わざわざここで待っていたんですよお、と笑うディストに、三人ともがそれぞれに構える。誰も動揺はない。
彼の言う通り、彼との衝突は最初から想定済みだ。
「……精霊と、あなたの父親はどこですか」
「さあ?」
戦うことに躊躇いはないとしても、これだけは聞いておかなければと問いかけた言葉に、彼はわざとらしく肩をすくめてみせる。答える気はない。わかっていた。ぴりぴりと肌に感じる魔力に、彼がすでに交戦の準備をしていることもわかっている。
轟音。雷鳴。奔る閃光は、けれどとても素直な軌道だ。冷静になれば避けるのは簡単だと秋帆が言っていたのを思い出して、けれどそんな余裕を持っている一般人なんているわけないだろうと、改めてアーリィはごくりと息を飲んでから、事前に話し合った通りに後ろへ下がった。
魔法の打ち合いをするなら、アーリィに出番はない。慣れた様子をみせる秋帆や、攻撃として魔法を扱うのが得意なメイに任せて、治癒魔法や援護に集中した方がいいという判断だ。
「風よ」『来い』「集え」『荒らせ』
数ではこちらの方が多いけれど、何せディストは詠唱も早いし、雷というその性質上術の動きも速い。まだ使っているところを見てはいないが、雷の魔術を使うのであれば、そこから派生した風と水の属性の魔法を使ってくる可能性もある。同じ風属性の魔法を使うメイの術が相殺されないよう、風に有利を取れる火の属性で援護をしろということだ。
彼女の術も、大精霊がついているからか威力も高ければ詠唱も単純である。だがそれでも、一度契約者の体を介するからか、発動までの時間はどうしてもディストの方が速い。これが偉大なる魔術師、四つの神秘に数えられるアネストの血を引く者の力だ。きっと対峙する立場でなければ、アーリィは一人の駆け出しの魔術師として彼の魔法を間近で見ることができたと喜んだだろう。
「雷光、稲光……疾風、轟雷!」
予想通り、彼は雷の魔法と同時に風を生み出すと、メイが巻き上げた風にぶつけてきた。雷を纏った分、威力はディストの方が上だ。メイのそれを巻き込むようにして押しのけて、轟音を立てながら迫ってくる。
雷光が辺りを埋め尽くして視界が白くなる中でアーリィは必死に目を開けて、あらかじめ詠唱していた魔術をディストの雷に向かって放った。彼らは当たり前のように詠唱を短く済ませているが、アーリィにそんなことはできない。大精霊の契約もなければ、偉大な魔術師に師事したこともなく、神秘と変わらない存在でもない。ただの神官見習いであった彼は、どうしたって長い詠唱を避けることはできない。
それでも、時間がかかるとわかっているなら準備はできる。ようは早いうちから詠唱を始めて、発動まで少しだけためておく、という実に単純なことだ。しかも彼らに比べれば威力も精度も低い。でも、メイの魔法を補佐するために発動すれば、彼女の風を相殺しようとしたディストのそれを貫くことはできる。
かすかでもいい。風が届いて彼の集中が途切れれば、その隙は秋帆の攻撃のチャンスとなる。その風の道をたどって、この閃光に埋め尽くされた視界の中で、彼女に正しく彼の居場所を伝える。
杖の先端が空間を裂いて、自身に向けられた雷光を吸う。その行く先は術者のもとだ。けれど彼だって、彼女の遠隔攻撃は警戒している。何せ自分の魔法だ。当然、来ることがわかっていれば避けることだって難しくない。
そうしてお互いに決定的な攻撃を与えることはできないまま、お互いに睨み合っていた時だった。
「その人に手を出さないで!」
急に響いた大声と馬の嘶き。次いで対峙する彼らの間を威嚇するように走り抜けた閃光に、お互いに大きく距離を取った。
声の主の方に視線を向けて、アーリィとメイが目を見開く。現れた乱入者が、どこかぐったりとした様子のファルファッラをその腕に捕らえていたから、というだけではない。その主が、この領地に来てからずっと、何かと世話になっていたクリアであったから、だ。
「クリア!? どうしてファルを……」
「なんで来たんだ」
「……っ、ぼくだって、アネストの血を引くものだ」
鋭く発せられたディストの問いとその返事に、え、と息をのむ。動けないでいるファルファッラだけが、気まずそうに視線を地面に落とした。
『へえ。その程度の力しかないのにアネストを名乗るんだ?』
「な、名乗るよ。だって事実だ」
ふうん、と呟くアイヤールを、メイがぎゅうっと握りしめる。それは、彼の事情を知っていたのかという無言の訴えだ。責めるような目に、大精霊を宿す箒は面倒くさそうにため息を吐いた。
『気配はあったからね。でも、自覚している通り、あれは魔力が非常に低いし、知識はあってもほとんど魔法が使えない。そんな相手にまで警戒はしないし、メイが「お友達」として絡んでいる間は無害そうだったからね。監視だけで十分だという判断だよ』
「で、でも、」
『第一、警戒しろって言ってもしないだろ』
それはそうだけど、と。ファルファッラを引きずりながらディストのもとへと近付いていくクリアを目で追って、メイは眉を下げる。それを視界の端に映しながら、アーリィはもう一度クリアをよく見た。
……彼の魔力は、確かに低い。先ほどの閃光も地面や花を焼くことはなかった。きっと彼の隣にいる一角獣の方が脅威だろう。遺跡で追いかけてきたものと同一の個体であると認識しながら、アーリィはもう少し彼に歩み寄っておけばよかったな、と後悔した。人見知りを通り越して、他人と接することに苦痛を覚えるタイプのようだったから、必要最低限のやり取りだけにして、あとは彼が怖がらないメイやファルファッラに交流を任せきりにしていなければ、きっとアーリィだって、ディストとクリアの関係に気付いたかもしれないのに、と。
メイがどうして、と再び問おうとするのも、何か言いたそうに自分を見るディストの視線も無視して、特に表情を変えることのない秋帆へとクリアは視線を向けた。
「時空の観測者。あなたには女神の封印をかけなおす最後のパーツになってもらう」
「私の力はかつてほどありません。それに、魂を集めたところで、その願いは叶いませんよ」
「そうかもしれない。でも、もともとあなたの力を使ってかけられた封印だ。魂の力を使って補強すれば、かけなおすくらいなら、出来るはず」
「いいえ」
秋帆は目をそらさない。まっすぐにクリアの視線を受け止めて、自分も見つめ返す。
その行動に意味はないと。してきたことに意味などないと、はっきりと言う。
「封印はかけ直せません。そして私は、封印を開放します」
「……交渉決裂ってわけだ」
黙って様子をうかがっていたディストがふっと笑って、次の瞬間には攻撃を再開させる。バリバリと雷鳴が地面を焼く音に、全身の視線がクリアから離れた。
「おい、邪魔だから下がってろ」
「でも、」
「その人質を上手に使うことだけ考えてろって言ってんだ」
何度も言わせるな、とディストに睨まれて、クリアはファルファッラを引きずるようにして後ろに下がる。代わりに前に出てきた一角獣が代わりに補佐をするということだろう。
そう、一角獣に指示するクリアの腕も震えているのが遠目にもわかってしまって、メイはぎゅうっと箒の柄を握りしめた。
「クリア、その子を離してほしいんだよ。そこのマフラーは嫌いだけど、クリアに魔法なんて使いたくないんだよ」
「……そ、」
「それに、魔法はそんな風にビビって苦しそうに唱えるものじゃないって、言ってたんだよ!」
「……ぼくは嘘つきだったってだけだよ」
「それこそ嘘なんだよ!」
「おやおやぁ、風の大精霊の契約者さまはずいぶんとお優しいらしい。それとも見た目通り世の中が見えない、甘いだけの可愛い子供だった、ということですかねえ?」
割り込むように煽るディストを、メイは素直に睨みつける。そこを退け、とばかりに吹き荒れる風は、けれど集中が乱れているせいか勢いはない。ただ吹き付けてくるだけの風に、ディストはぐしゃりと口角を上げた。
「今クリアと話をしようとしているところなんだよ。邪魔しないでほしいんだよ!」
「それはすみません。でも精霊と契約するってどんな気持ちなんだと気になってしまって。精霊なんかの声に耳を貸して、お前は何を歪めたんですかあ?」
『お前みたいな血筋だけが取り柄の命と同じにしないでくれる? こっちは正式な契約をしているんだ。上手な対話もできない奴と一緒にしないでほしいな』
「……会話に応じないのはあっちだ!」
やれやれ、と嘲笑うようなアイヤールの挑発に、ディストが低い声で答える。こんな時に挑発するなと言ってやりたいのを堪えて、アーリィは慌てて二人の間に飛び出した。
秋帆の防御範囲は広いけれど、攻撃を使用とすると横から一角獣が邪魔をしてくるせいで、彼の相手をすることができない。せめてメイが落ち着くまでの時間を、となんとか炎の壁を生み出したところで、もちろんあまり効果はない。風と同じ、火も雷から派生した属性なのだから、たやすく相殺されてしまうのだ。
「あの時と同じだな」
にやりと歪んだ笑顔が、消えかかった火の向こうに見える。真意の見えないねっとりとした視線を向けられて、ぞくりと体が震えた。
「お前、魔法を……いや、炎を怖がっているな? そんなへっぴり腰で、俺たちを止められるわけねえだろ!」
ひゅ、と息を飲む。けれど、それに答えることはしない。しなかった。一瞬震えた手を誤魔化して火を放つ。
魔法は魔法だ。本当に不得意でも、恐怖していたとしても、一度放てば意図したように、指示したように、目的を遂行する。再び現れた炎はまっすぐに飛んでいく。どうせ当たらない。わかっていても、その軌道を目で追うしか今はできない。
「二人とも本当に魔法が下手だなあ」
ふわりと。声が落ちてきた。雷鳴が轟く中で、その声はやけにはっきりと耳に届く。
次の瞬間、一気に目の前が真っ白になった。小さく呻いたのはアーリィ達だけではない。ディストとクリアも目を塞ぐのが、一瞬だけだが視界に入った。
びりびりと、空気が震えている。
花の焦げる匂い。未だに視界がちかちかとするような閃光。魔法の使えないファルファッラの肌が粟立つほどに感じる魔力に、頭がぐらぐらとした。
ファルファッラの視界になんとか映りこんでいるのは、地面に転がっているメイとアーリィだ。幸い、二人とも大きな怪我をしたわけではないようだが、起き上がろうとする体がひどく重そうに見える。おそらく直撃はしなかったものの、秋帆の防御が間に合わず吹き飛ばされたのだろう。
彼らの周りで真っ黒になった花を見てぞっとする。ずっと周りで動き回っていた一角獣の姿も見えない。巻き添えになったのか、それともどこかへ避難したのか。問いかけようにも、未だに感じる余波でクリアはファルファッラごとがくりと地面に膝をついてしまっているし、ディストにとっても影響が強かったのだろう。なんとか踏ん張って、帽子のつばを抑えて何かに耐えているが、動けないどころか周囲の音も聞こえないようだ。
文字通り、今までの魔法とは次元が違っていた。威力も、何もかも。
困惑が広がる中で立ち上がったのは秋帆だ。未だ立てないでいる二人を庇うように前に出て、秋帆は兄弟の前に立っている小さな少年……あの日に、ファルファッラが一晩だけ出会った包帯塗れの男の子を、ぐっと力強くにらんだ。
「……お久しぶりですね、アネスト」
「え……彼が!?」
『あーあ、思った以上に使い潰してるじゃん』
アイヤールの惜しむような失望するような、いまいち感情の読めない声につられてその子供の様子を注視する。
どこから見ても、幼い子供だった。フードを目深にかぶって、肌がほとんど見えないくらいに包帯を巻きつけているけれど。どう見ても、メイと同じくらいの小さな子供にしか見えない。
彼が彼女の言う通りにアネストであるなら、後ろにいる兄弟の父親であるはずだ。でもその姿は、きっとここにいる誰よりも小柄だ。ミーナ皇帝も幼い容貌であるとは聞くが、彼と出会ったという村長の話を思い出すに、子供がいるとは思えないほど幼い姿ではないはずだ。であれば、あれは本来の姿ではないということだろうか。
腕にも足にも、顔にも、ちらりと見える首にも。見れば見るほどあちこちに包帯やガーゼを貼っているのがわかってしまって、その幼い姿もあって痛々しい。浸食、という言葉と、使い潰す、という言葉が示す意味に気付いて、ぞっとした。言葉通りなのだ。言葉通り、相反する属性の塊である大精霊を宿した影響がそれなのだ。
反発する大精霊の力がかの偉大な魔術師の体を浸食し、壊し、傷つけ、本来の形冴え奪って、その身を蝕んでいる。
「だめ!」
す、と彼が腕を持ち上げたのを見て、慌ててクリアがその手を掴む。よほど力を込めたのか、捕まえられたままのファルファッラを抱き込む力も強くなって思わず呻いたが、彼はそれにすら気付かないようだった。
おそらく追撃をするつもりだったのだろう。ゆっくりと、クリアに振り返るアネストは、こてりと、子供らしく首を傾げた。
「どうして止めるの?」
「こ、これ以上は、父さまの体がもたない、から……」
「ええ? ……あ、ほんとだー、あは、ぼろぼろだね」
ひらり、と振ってみせた手は、もう肌など見えないくらいに包帯がきつく巻き付けられている。痛みはないのか、まるで他人事のような態度をすぐ傍で見ていたファルファッラは、今すぐここから逃げ出したくなった。
戦いに巻き込まれて怖かったのは、ずっとそうだけれど。それ以上に、もしかして体どころか、意識も浸食されているのだろうかと思ったら、泣きだしたくなった。
「じゃあなんとかしてよ。もうすぐなのに、あれ一人じゃ対処できないよ。ほら。使い魔も貸してあげたし、呪文も教えてあげるからさ」
ほら、と父が子供の手を引くようにクリアの手を握る。優しい手つきに見えた。けれど、クリアは泣きそうな顔をしていた。
「クリア……」
「クリア」
起き上がりながら名前を呼ぶメイの声をかき消すように、アネストが軽やかに名前を呼ぶ。先ほどは会話に割り込んできたディストはまだ落ち着かないのか、踏ん張った姿勢のまま動かない。それを見て、クリアは覚悟したように顔を上げた。
「奔れ閃光、轟け雷鳴、打ち付けるは紫電の槌……」
詠唱が始まると共に、ぐるぐると頭上に黒雲が集まってくる。詠唱を短くすることは、彼にはできないのだろう。集まってくる黒雲も、そこから漏れる光も、兄ほどではない。
それでもまだ未発動の状態で雷鳴をとどろかせて、こちらに攻撃をしかけようとする秋帆を邪魔しようと雷が落ちる。けれどそのたびに、ファルファッラを捕まえる腕の主は苦しそうに呻くのがわかって、ごくりと息を飲んだ。
だって、とても、顔色が悪い。魔法を使うたびに歯を食いしばって、脂汗を滲ませて。くらくらと地面に倒れた後に鏡を見た時の自分にそっくりなその顔に、ファルファッラの方まで苦しくなる気がした。
──魔力量を上回るような使い方をしたり、適性のない属性の魔法を使うのは体によくない
──魔法でもそうでなくても、自分に合わないことをして無理をするのは危ないってこと
──ぼくは、魔力もないから全然できないけど
ぽつりぽつりと、クリアとの会話を思い出す。秋帆やアーリィから聞いた話を思い出す。魔力のことを、彼女はまだよく知らない。自分には扱えないとわかって、それでも勉強するなんてこと、彼女にはできなかった。できないことができるようになる前に死んでしまうのでは、と考えては、全部無理やりに頭から追い出して、せめて笑えなくなるような、塞ぎ込んでしまうようなことにはなりたくないと、できないと分かった時点で離れてしまったから、わからないことだらけだ。
でも。でも、わかってしまったこともある。彼が今、とても無理をして魔法を使っているのだということは、よくわかる。
魔法とは、そうして無理に使うものではないことも、わかっている。
「ねえ、もうやめよう、クリアさん」
ついにはファルファッラにもたれかかるみたいに体重をかけてきたクリアに、ファルファッラは自分の声が震えているのを自覚しながらも口を開いた。
さっきまでは、急に裏切られたみたいで怖かった。上手に体が動かせないことはよくあることだったけれど、掴まれた腕が痛くて痛くて、何を話しても拒絶されそうで、ただ秋帆たちに迷惑をかけてしまったことで頭がいっぱいだった。
でも今はそれよりも、少しの間でも友達として接した彼が苦しそうにしている姿を見て、どうにかしたいという気持ちでいっぱいだった。
止めなくては。今一番、近くにいるのは自分なのだから。彼を止めなくては。
「苦しそうだよ。よくないよ。だめだよ。一度みんなで話し合おう。きっと方法があるよ。こんな、こんなことしなくても、きっと、」
「だって、ぼくのせいなんだ!」
悲鳴のような声に打たれて、びくりと体が震える。
泣いてはいない。涙なんて出ていない。でも、泣き叫ぶように彼は叫ぶ。視線は家族から外されない。雷を落とす彼らを見ながら、悲痛に表情を歪めた。
「ここの人たちが忘れていくのも。きみたちの家族が苦しんでいるのも! ぜんぶ、ぜんぶ! ぼくのせいなんだ!」
それなのに止められるわけないだろ! と、強く叫んで。彼の体を魔力が包み込む。詠唱が終わったのだ。知識がなくてもその予兆はわかった。わかってしまった。それが、明らかに彼の容量を超えていることも、全部。
まって、やめて、そう叫ぶより先に空が暗くなって、バリバリと音が落ちてくる。
その轟音の中で彼の名前を呼んだのは、誰の声だっただろう。