魔法少女は恋をしない

(でもやっぱり二人が付き合うのやだな……これが地雷カップリングというやつなのかな……)
「確かについ最近ようやく会えて、名前を知ったけれど。人のことをあだ名で呼ぶ人からの情報だから、二文字しかわからないんだ。その二文字がそのまま名前なのか、前後に何かつくのかはわからない。だから半分は嘘、になる」
「……え、二文字?」

考え込んでいるところに落ちてきた情報に、あれ、と首を傾げる。
だって「ひまり」は三文字だ。二文字しかわからないなんておかしい。
思わず立ち止まってしまえば、自然と先輩も足を止める。不思議そうな顔をしている私を見て、先輩もこてりと首を傾げた。
それにあだ名で呼ぶ人、とは誰のことだろう。最初に思い浮かんだのは姉さんだ。あだ名って程ではないけれど、基本的にちゃん付けで呼ぶにあたって、姉さんは、「ひーちゃん」とか「しゅーちゃん」とか、呼びやすいように微妙に呼び方を変える。ここら辺は同じくちゃん付けをするけど省略したりはしない天海先輩と違うところだ。
さらに、今誰の話をしているのか混乱しないようにするためか、姉さんは絶対に私のことを「まきちゃん」と呼ぶ。もう他の誰にも絶対に呼ばれないはずの名前で、ずっとずっと呼んでくる。
わざわざ「昔は「ひまり」って言えなくて「ひまき」って言ってたの、可愛いよねー」なんて捏造したエピソードを作ってまで、あだ名として私を「まきちゃん」と呼ぶ……と、そこまで考えて。あれ、とまた逆の方向に首を傾げた。
そもそも最近会えたはずなのに、名前は他人からの情報しか知らないって、おかしくないだろうか。正確に言えば陽葵には会えていないし、二文字だし、全然かみ合わない。

「ええっと……先輩の好きな人って、」

陽葵じゃないのか、と、聞こうとして、口を閉ざす。なんとなく。私を無言で見つめてくる目に、たじろいでしまったのだ。
じっと見つめられること自体は珍しくない。秋也先輩は表情がなかなか変わらない代わりに、言葉や目で伝えようとしてくるから。はっきりと気持ちを言葉にして、勘違いされないようにとじっと見つめてくる彼は、やっぱり綺麗な顔をしているから。なんだか見つめられるとびっくりしてしまうのだ。
どうしよう、と意味もなく動揺する私に、そっと手を伸ばしてくる。触れてもいいか、と聞かれたから、いいよ、と口が反射的に答えてしまった。もう癖だ。五年間ずっと、陽葵になろうとしていたから。なんでも「いいよ」って、答えてしまう。
先輩の綺麗な手が、私の横に垂らしていた髪を指で掬う。ゆっくりと梳いて、はらりと指から落ちるまでの間も、先輩はずっと私から目をそらさなかった。

「そもそも、男の子だと思っていたんだ、その子のこと。だから会った時、性別を間違えて覚えていたのかなと驚いた……実際には、男の子であっているみたいだったけど」

ほんの少しだけ和らいだ目に、きっと今、先輩はとても楽しそうに笑っているんだろうなと、その無表情から連想する。今、彼は、好きな人の話を楽しそうにしている。私にしっかり、聞かせながら。男の子だと思っていた、好きな人の話を。
あれ、と、言葉が落ちる。
あれ。あれ。男の子と思っていて、違うと思って、でも本当に男の子で。それって、あれ、全然陽葵とは、違うと言うか、むしろ。

「覚えていないみたいだし……相手には特別な相手がいるみたいだし、諸々の事情で告白されても困らせるだけなのはよくわかっているから、言わないよ。安心してほしい」

ゆっくりと目を細めて、でも、と。その無表情からかけ離れた優しい声が落ちてくる。綺麗な翡翠の目が私だけを映して、そっと、ゆっくり、手が離れる。

「まきちゃん、と、言うらしい。君も絶対に知っている名前だから、いつか教えてもらえると、嬉しい」

だめだ。そう思った。顔が熱い。たぶん真っ赤になっている。なんで。だって、それが誰を指しているのかわかってしまったから。わかるように、でもうっかり誰かに聞かれても大丈夫なように明言は避けて、はっきりと、言われてしまったから。
まきちゃん、と呼ばれる、男の子。
それって、たぶん、……「俺」のこと、だ。

かあ、と顔どころか体が一気に熱くなる。体温が上がった気分だ。いや、まだ、自惚れかもしれない。落ち着きたい。だって知らない。覚えてない。五年前のことはもう、いい思い出だけではなくなってしまったから。誰かを助けたことなんて、ないはず。
というか、もし、本当に先輩の好きな人が想像通りなら。女の子だったのかと驚いた、という発言からして、たぶん先輩は初対面の時点で、私が「俺」であることを見抜いていたことになってしまう。名前も知らなかったのだから当然かもしれないけれど、一生懸命「絢瀬陽葵」になろうとしていた私の必死の演技なんて最初から先輩には通用していていなかったということだ。なんということ。魔法少女と陽葵が同一人物であることを出会ったその日に見抜かれただけでも落ち込んでいたのに。
ああ、でも最初に、「恩人である好きな子は男の子である」という情報があったから、その後しばらくして中身が私が「絢瀬陽葵」本人ではなく、陽葵の友人である別人だとすぐに見抜いたのかもしれない。そう思うと仕方ないことだったなと、ほんの少しだけ自分を慰められるような気がした。
困る。困った。どうしよう。
もし「私」が「俺」のままだったら仲良くしてくれなかったかもな、というなんとなくの不安は、ただの杞憂だってわかったけど。でも私、もう違うよ。かつて「俺」だった「姫野槙」の名前の呼び方はその二文字で正しいけれど、もう私、「姫野槙」に戻れないよ。その恋、やっぱり駄目だよ。なんかもう自分が男の子とか女の子とかも、私は誰でどこまでが私だったのかとかもよくわかんなくなってるし、先輩だってわかっているように絶対に応えられないよ。私が一番に選ぶのは陽葵だって、もう決めているんだから。
どうせ、今私がこんな、混乱していることだってわかっているだろうに。相変わらず、私が隠したいことも全部お見通しという顔をして、はっきりと言わないでくれる先輩にわけがわからなくなって。でも絶対に泣いたり取り乱したりはしないって決めて、私はぎゅっと、こぶしを握った。

「……知ってても、ぜっ、たい、教えま、せん!」



2022年9月執筆




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