魔法少女は恋をしない

「おはよう、絢瀬」
「おはよーございます」

朝、学校に行くまでの通学路。徒歩通学の私の朝に、先輩が現れるようになったのは最近だ。最近、と言っても、先輩と話をするようになって一週間後くらいには一緒だったような気がするけど。あくまで偶然、たまたま、時間と方向が合ってしまっただけで、別に毎日待ち合わせをしているわけではないことだけ、強く主張しておく。
竜胆島はそんなに大きくはないけれど、決して小さすぎるわけでもない。本土と繋がる橋もあるので、よくイメージされるような田舎の離島とは違うのだ、というのは、竜胆島の住民のほとんどが思っていることだった。
市自体は四つしか存在しないけど、全員を同じ場所に登校させるのは遠すぎる。子供の数自体は決して多くはないので、結果としてそれぞれの市に一つずつ小中学校が存在している。高校からは本土に通う子もいるので数が減って南北に二つ。大学は存在しない。何故か学校は近いところにあるので、中学校までは卒業したところで別に長い別れも感慨深さとかもない。
でも、現在も島から本土まで毎日大学に通っている玲生さん曰く、高校卒業後もあまり別れというのは感じないらしい。今はネットもあるし、そもそも大学に進学したところで本土に出てそのまま外で暮らす人は少ないのだとか。何か特別な魅力があるわけでもないのに、みんな当たり前のように帰ってくるのが、竜胆島だった。

……誰だったかが、みんなこの島を生んだ竜の血を引いているから、ここに帰ってきたくなるんだよ、と言っていたような気もする。昔の「俺」は誰かと一緒にいられたらそれで満足してしまって、あんまり人の話を理解しきれていないことが多かったので、よくわからないけど。みんな竜と一緒に暮らしてきたから、竜がいない場所では生きづらいのだと言っていたことは、ぼんやりと覚えている。
とまあ、少し話が逸れてしまったけれど。寮から高校に通っている先輩と、家から私の通う中学校までの方向がたまたま一緒になることは、あり得ないことではない。ちょっと、時間とか考えたり、今まで会わなかったことを考えると少し違和感もあるけれど。偶然と言われてしまえばそれ以上何も言えないこと、なのだ。
決して、先輩と毎朝登校することについて、何も思っていない。たまにもらえるお弁当が美味しいとか、そんなことも思っていない。

「あ、そうだ。これ、私のただの推測なので、違ってたら適当に流してほしいんですけど……」

ふと、そういえば今日は聞きたいことがあったんだと思い出して、ひょいと体を前に屈ませて、覗き込むようにして先輩を見上げる。もちろんそんなことをしなくても、私の方がずっと背が低いので、先輩の顔なんてすぐ見えるけど。これは、何が何でも視線を合わせようとする陽葵の癖だった。
どうした、とこちらを見てくれる先輩と視線がかち合う。綺麗な目。いつも通りの先輩の無表情。

「先輩、好きな人の名前を知らないって嘘ですよね?」
「そうだな。半分は嘘だ」

私の問いかけを、先輩はあっさり肯定する。あんまりにも簡単に答えるから逆に驚いてしまうと、先輩は「変に黙っていると睦月がうるさいんだ」と肩をすくめた。
この間別れた後、いっぱい聞かれたのだろうか。たまにしか会わないけど、天海先輩は結構押しが強そうだから、たくさんのことを聞けたのかもしれない。その内容が少しだけ気になったけれど、それは先輩が話したくなったらでいい。
それよりも気になるのは、昨日、先輩が犬紳士くんに話していたことだ。好きな人の話。断片的だけど、ずーっと好きな人がいるんだって、話していたこと。なんとなく、何かが引っかかったような気がしたこと。

五年前。
小さな頃に助けてもらった。
名前も知らない子供。
引っかかりを感じたことはそれだ。何故、と問われたら上手に説明できなくて、昨日家に帰ってから考えて、言葉になったのはこれだ。五年前に一度だけ出会った誰かが先輩を助けてくれてからずっと好き。憧れている。それって、なんだかどこかで聞いたことがあるような気がして引っかかりを感じたのだ。
恩人。
すぐに見抜かれた正体。
助けてもらったのは一度ではない。
これは常日頃から先輩に対して気になっていること。やたらと私を構ってくる先輩に理由を聞いて返ってきた言葉と、事あるごとに聞く言葉。なんとなく、なんとなーく、これらは繋がっているような、そんな気がしてしまった。恩人だから、助けてもらったから、陽葵を構う。その「助けた」というのは私が知る限り一回だけなのに、先輩はもっと前にも助けてもらったって言う。
だから、勘違いでなければ。それは私が「陽葵」であるうちは、絶対に叶ったりしない恋なんじゃないかって、思ったのだ。
私が「陽葵」でいる限り、陽葵は戻ってこないから。本当の意味では再会していないから。だから、好きな人の名前だけを知っていることになるんじゃないかなって。

秋也先輩は、陽葵のことがずっと好きだったんじゃないかなって、思ったのだ。

(もしそうだとしたら、申し訳ないな)

陽葵は本当に誰にでも手を差し伸べる子だったから。きっと、年上だからって関係なく、先輩が困っていたのを見て助けてあげたのだろう。九歳子供に出来ることなんて限られているけれど、その頃にはもう魔導書を持っていたはずだ。こっそり魔法を使えばなんでもできる。いや、当時は魔法少女の噂だけで誰にも姿を見せないようにしていて、「俺」にすらその話をしなかったのだから、さすがにそんな不用心なことはしないだろうけど。
彼女なら。きっと先輩を助ける。いつだって自分のことより他の人を優先できる彼女のことを、みんなが好きになるのは当然だって、私はずっと思っている。
でも、今ここにいる絢瀬陽葵は、見た目だけで中身は別人だ。別の人。まったく違う無関係の人。好きな人の姿をしているだけの、性別すら違う誰か。
もしずっと会いたかった人がそんなことになっていたらショックだろう。だから申し訳ない。好きな人との再会も、感謝の言葉も、私のせいで何も伝えられないのだから。きっと先輩も、こうやって私が申し訳ない気持ちになることがわかっていたから、明言はしなかったのだろうけれど。どうしてだかとても聞きたくなってしまって、聞いた。もやもやと悩むのは嫌だったし、何よりもう、思い知りたかったのかもしれない。五年前に私がした余計なことのせいで、陽葵はもちろんその家族や姉さんたち、さらに先輩にまで迷惑がかかってしまったんだぞって、改めて突き付けられたかったのかもしれない。

(陽葵も先輩のこと好きだったのかなあ)

彼女と恋バナなんてしたことなかったけど。あの時の「俺」は本当にのんびりとした甘えん坊の子供で、好きか嫌いかしかわからなかったけれど。こっそりと魔法少女をやっていた彼女が、たまに何か考え込んでいたことは知っている。その時、先輩のことを思い浮かべていたかもしれない。
もちろん、こんなのはただの妄想で、全然関係ないかもしれない。でも、まあ、誰かに頼られるばかりだった彼女が、いろいろと甘やかしてくれる先輩のことを好きになる可能性だって当然あるし。私はとっても嫌だと思ったけれど、一生かけて返したい恩を陽葵に対して先輩が感じていているなら、絶対に大切にしてくれる。なら、陽葵が先輩のことを頼りにして甘えてもいいと思うくらい好きになったなら。私が陽葵に体を返した後に、二人が恋人になったって、別におかしいことではない、のだ。



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