「わん」
帰りのホームルームが終わって、さて帰るか、と立ち上がった彼に第一声。
ただの一言。ただの鳴き声。けれどそれだけで、秋也の言わんとしていることは彼に正しく伝わってくれたらしい。
立ち上がったばかりだった睦月はげんなりとした顔をして、大きくため息を吐きながらうなだれて。それから、くそ、と小さく呟いた。
「……オレお前のそーゆー無駄に鋭いとこ嫌い」
「そうか」
「あーもう、じゃあオレん家ね。お前寮だし」
あーやだやだ、と言って歩き始める睦月の後ろについて歩く。ばいばい、と挨拶をくれる他の友人たちに手を振りながら、今の一言ですぐに察することのできる睦月だって十分鋭いよなあ、と秋也はぼんやりと思った。
彼は秋也にとって大事な友人だ。親友、と呼んでもらえることにくすぐったさを感じつつもはっきりとうなずけるくらいには、睦月のことを親友だと思っている。なので、まあ。彼が隠したいことも、あっさりとわかってしまうのは、少しだけ申し訳ない気持ちもあるけれど。
睦月の家に行くのは初めてではない。以前は一緒に住んでいた家族が諸事情で出て行ってしまったから今は一人で暮らしている、と言っていた二階建てのアパートは、相変わらずそこそこに綺麗で静かで、管理人の趣味だというガーデニングの花が庭で揺れている。
特に会話もなく彼の家に入って、彼と一緒にジュースとお菓子とを用意して、小さなテーブルに向き合って座って。それから、ふうと息を吐いて、睦月が口を開いた。
「で、そっちから質問は」
「君が犬紳士なのはわかりきっているが、そうするとやはりウサちゃんは澄恋で間違いないか?」
「はいその通りです〜! 正解〜! いや、確かにあいつはほぼバレてるようなもんだけどさあ。オレそんなわかりやすいことしてないじゃん? 怖いよお前ほんと。魔法少女ちゃんの正体まで知ってそう」
ごつんとテーブルに突っ伏した睦月の頭をとりあえず撫でる。これはもう条件反射のようなものだ。彼も特に気にすることはなく、むすりと頬を膨らませている。
確かに、睦月と犬紳士にぱっと見ての共通点は少ない。基本的に危ないので彼らのすぐそばに立ってまじまじと姿を観察することもないから、ベールで顔の半分も隠せば結構正体もわからなくなる。変身して完全に別人の姿になれる魔法少女と違って姿が変わらない代わりに、睦月は特に常より幼く我がままに振る舞ったり、身勝手な態度を見せているので、もしかしてそうかも、と思われることだってない。
そもそも先日、犬紳士を見て魔法少女が久しぶりと言った通り、悪の組織として公の場に出てくるのは、彼よりも「ウサちゃん」の方が圧倒的に多いのも、彼の正体をくらませるちょうどいい理由になっているかもしれない。
その一方で、必然的に犬紳士よりも知名度もあるウサちゃんの方は、彼と同じように顔の半分を隠したベールに意味なんてないくらい、おおよその正体がバレてしまっているというのは周知の事実だった。
何せウサちゃんは177センチと高い身長にすらりと長い手足と小さい顔というだけで目立つのに、女性らしく柔らかく豊かなスタイルと、男女問わず目を引くようなシルエットを持つ女性である。似たような体型の人間なんてそういるはずもなく、どうしても候補者が限られるものだ。
もちろん明言はしないし直接聞くこともないが、まあだいたい彼女だろうな、と推測されているのが、姫川澄恋。彼女もまた睦月と秋也の共通の友人であり、睦月の幼馴染でもある少女だ。当然、秋也もずいぶん前から彼女だろうなと察していた。先ほどの質問はただの確認だ。
魔法少女の正体についてはノーコメント。知っているけれど、わざわざ言う必要もないだろう。
「お前ならしないってわかってるけど、変に噂を流されたら困るから正体は認めるよ……そうさ、俺様ちゃんが可愛い可愛いワンちゃん、みんなの犬紳士さ。自分で言うのもなんだけど結構テンション違うし、よくわかったね」
「前からそれっぽいとは思っていたが、昨日間近で見て確信した。わがままに振舞っているようだが大げさな動きをする時のしぐさ動作は一緒だし、猥談関連の力の入れ方も誤魔化し方もいつもの睦月だったから。あとその後のマゾ発言でもう間違いないと思った」
「ねえ本当に怖い。怖すぎるから詳しい理由とか事情とかその他もろもろは話すつもりないからな」
「わかっている。やたらとファンアートを探していた理由も解決した。いっぱい描いてもらえててよかったな」
「うん!」
やたらと格好つけたポーズから一転、めっちゃ可愛がられててうれし〜、とにこにこしながら起き上がった睦月に、秋也もそっと目を細める。彼の精いっぱいの笑顔だ。それを睦月も知っているので、少しくすぐったそうに、何も変わらない親友を見る。
……正体がバレたことなど、あの夜にちゃんとわかっていた。だからこそ彼の口を塞いだのだし、何も言うなと指摘したのだ。でもその後は、もしかしたら聞かないでくれるかもと期待していたから、話題を振られた帰宅前に思わずしげんなりとしてしまったのだけれど。
睦月が言った通り、特にこれ以上詳しく聞こうとせず、一緒に笑ってくれることにほっと胸を撫でおろした。
「さて……ここからが本題だ」
そうしてゆっくり、息を吸って。大きく吐いて。きちんと背筋を伸ばして座り直すと、しっかりと秋也と目を合わせた。
×Unext
ごちゃ。