「お前がそんな一途に思ってる子ってどんな子!?」
「本当に恋バナがしたくてたまらないんだな……」
「そうだよ! したすぎてほんっとに大変だったんだからな!」
きゃあきゃあと楽しそうに身をよじらせては、きらきらとした目を向けてくる。
悪の組織が「小さな竜と同じように不思議な力があって、放っておくと大変なので定期的に魔法少女と遊んでいる」という設定だけは公言していたからもしや、と思っていたけれど。これは間違いなく、先日犬紳士が出てきたのは秋也のせいなのだろう。
彼は、秋也に好きな人がいると聞いて、その話を詳しく聞けなくて、いろいろとため込んだのだ。あの日に言った通り、恋バナがしたくてたまらなくて暴れたのだ。
そこまで気になるのかと、秋也としては戸惑いも多いが、まあこれも人それぞれの感想だな、と納得して、仕方ないなと肩をすくめて。用意しておいたお菓子の中から、適当にチョコレートを一つつまんだ。
「それで? 五年前に助けてもらった、名も知らぬ誰か、だっけ?」
「ああ。……といっても、助けてもらったなんて俺が勝手に大げさに感じてるだけで、実際はなんでもない日のなんでもないことすぎて、相手は覚えてないと思うけど」
本当に些細なことだ。助けてもらったなんて結局は秋也の主観で勝手な感想でしかない。実際、本人である絢瀬には心当たりすらもないようだった。だからそう前置きしてから、秋也は口を開く。
「当時の俺は、堤防をスキップしながら歩くことがブームで、あの日は失敗して歩道側に落ちたところだった」
「お前って表情筋が壊滅的なだけで結構アホなことするよな。良い子は絶対に真似するなよ」
堤防でスキップだなんて今考えると危ないと怒られるものだが、周りには誰もいなかったし、小学生の子供は危険があろうと気にせず行動してしまえるものだ。だからその日もいつものようにスキップをして、失敗して、落ちた。思い切り怪我をして、擦り切れて血の出る足を見ながら、あーあ、と泣きたくなったことを覚えている。
でもまあ痛いけどいいか。砂の方に落ちたら高さもあるからもっと危なかった。塗装された道も痛いけど、これくらいで済んだなら問題ない。
言い聞かせるようにそう思って、痛む足で立ち上がる。泣きそうだったけれど、当時もすでに表情を上手に動かせない子供であったし、今と違って涙腺もなかなか反応してくれなかったから、目の奥が熱いだけで涙なんて出なかった。だからちゃんと家に帰ってから手当てすればいいと、むしろ楽しみを邪魔されたような気持ちでうずくまっていた、のだけれど。
「急に手を掴まれたんだ。びっくりして見たら、もうべそべそに泣いてる小さい子が俺の手を掴んでて。迷子かなって思ってちょっと困ってたら、俺が怪我してるって言ってさらに泣いちゃって」
「え、ええ?」
その子供は、秋也よりいくらか年下のようだった。正直掴まれた手のひらも擦りむいていたから、手を握られるのも痛かったけど。そんなこと、血が出ていると泣く子供は気付かなかった。
血が出て痛そう。
ばんそうこうあげる。
俺が抱っこしていくから頑張って。
だから泣きそうな顔しないで、お兄ちゃん。
その子供は泣きじゃくりながらそう言って、あやすように抱きしめてきた。
秋也よりもずいぶんと小さかったけれど、しゃがんでいたから、頭を抱えるように抱きしめられて、ひどく動揺したことを覚えている。
「……あの頃からずっと、表情なんてないようなものだったから。泣きそうな顔しないでって慰められて、びっくりしたんだ。ただの当てずっぽうでもなんでも、俺が泣きそうになったら気付いてくれる人がいるんだなって」
本当に抱っこしようと力を込めてきたときにはさすがに止めたし、絆創膏も消毒してないからと断った。近くに傷を洗えるような場所もなかったから、結局その子供にしてもらったことなんて何もない。
でも、大丈夫だからと安心させたくて頭を撫でた時。秋也は全然上手に笑えなかったけれど、ほっとしたように笑い返してくれた笑顔がとても可愛くて、優しくて、眩しくて。いつもよりずっと、目の奥が熱い気がした。
「あんな風に、当たり前みたいに、誰かのために泣いたり笑ったりできるのはすごいなって。いいなって、思ったんだ」
秋也は表情に出ないだけで、決して感情が希薄なわけではない。誰にも上手に自分を伝えられないことに悔しさを覚えていて、誰にもわかってもらえないと諦めていて。誰もわかってくれないのだから、自分だって誰のことも理解してやるもんかと意固地になるくらいには普通の子供だった。
だから、そんなに簡単に泣いたり笑ったりするのがうらやましかった。泣きそうだと言われたことが嬉しかった。誰かに当たり前に手を伸ばしてくる姿に、そんな風になりたいと思った。
まだ自分の気持ちすら表に出せないような自分だけど。誰かに優しく寄り添えるような人間になりたいと、自分よりも小さな子供を見て強く思ったのだ。
「なるほどなぁ……そんな綺麗な思い出を経て、どうしてみんなのママを目指しちゃったの」
「ぐいぐい構いに行く人の参考例がそういうのしか身近になかったんだ」
お人形さんみたいに綺麗な男の子、と当時から近所で有名だったけれど、特別人に囲まれることはなかった。小学生の価値観では、顔の造形よりもスポーツができるとか明るいことが人気者の要素だったから、顔はいいが表情が変わらずスポーツも特に得意ではない秋也は、同年代からは少し遠巻きにされていた。
代わりに年上からはやたらと可愛がられ構い倒されていたので、人との接し方として参考にしたのは後者になるのは当然である。甘やかし方、構い方、褒め方。その他お世話をするためのいろんなこと。
そればかりを追求した結果、どうしても誰かを構い倒したくて仕方がない人間になってしまったのだから人生は不思議だ。
まあ、あの小さな彼を自分の手で甘やかしてあげたらとっても可愛いに違いないと思ったのも事実であるし、今の自分はそれなりに気に入っているのでいいか、と開き直ってもいる。そんな風に自分を変えるきっかけになったあの子に、ずっと恋をしているのだ。
「あ、なあ。その相手って陽葵チャンに似てたりすんの?」
「そうだな。似てはいるよ。でも残念だが別人だ。確認済」
「なーんだ。めちゃくちゃ構ってるみたいだし、そうなのかと」
残念そうに肩をすくめる睦月に言った言葉は、もちろん嘘だ。何せ「彼」はあの時の子供本人なのだから。でも、あくまでそれは「絢瀬陽葵」のふりをしている彼のことであって、「絢瀬陽葵」本人はこの初恋の話に何も関係ないので、秋也は別人だと嘘を吐いた。よくわからないけれど、いつかこの体は陽葵に返すのだと彼は言っていたのだから、同一視して話すのはよくないだろう。
prevUnext
ごちゃ。