きっと初恋の人だと思ったのは、本当にすぐだ。
絢瀬と初めて出会った時。近くにいた子供に頼まれて木の上から降りられなくなった猫を助けようとして、猫に踏み台にされた挙句に自分だけ落ちたのを抱きとめられた時。その時点で、もしかしたらと思った。
あの日に抱きしめられた時の感覚となんとなく似ているような気がして、一瞬、あの小さな男の子にまた会えたのかと思った。
魔法少女に同じように抱きとめられた時も、「泣かないで」と言われた時も。まったく同じことを感じたからこそ、秋也は「絢瀬陽葵」を追いかけるようになったのだ。
……まさか、中身は確かに本人でも、体そのものはまったくの別人であっただとか、誰かのためどころか生き方も何もかもが「絢瀬陽葵のために」という思想一色になっているとは、思わなかったけれど。
それでもふとした時に見せてくれる笑顔はあの時と変わらないし、「顔には出ないけど顔色には出る」なんて言って少しおかしそうに笑う笑顔も、あの時の面影を残したままだ。
絢瀬には申し訳ないが、自分に対して上手に「絢瀬陽葵」を演じられなくなっていることに少しだけ優越感であるとか、可愛らしさを感じてもいる。本人からしてみれば必死に隠している全部を見透かそうとしているのだからそりゃあ恐怖だろう。「絢瀬陽葵」らしさを崩してでも、いつも一定の警戒を見せてくるのは当然のことだと思っている。そんな風にして少しだけ見ることのできる「初恋の男の子」そのままの部分を見つけては、勝手にそれを愛しんでいた。
そんなのは彼にとって望んだことではないだろう。彼はどこまでも「絢瀬陽葵」のために「絢瀬陽葵」になろうとしている。いつかその体に「絢瀬陽葵」が戻った時、彼女が一切の憂いなく日常に戻れるように、別の生き物に見えることを否定している。
それでも、秋也は「彼のそばにいたいのだ。「絢瀬陽葵」の中にいる彼のそばにいたい。
……きっと、陽葵だってそんなこと、望んでいないのだ。秋也は陽葵本人を知らないし、どうして彼が「絢瀬陽葵」になったのかも知らないけど。彼が演じる「絢瀬陽葵」が本人そのままなら、彼女だって、彼のことが大切だったはずなのだから。
そんな、自分に都合のいい推測をたてて。希望を描いて。自分の願望のために「絢瀬陽葵」の中から「彼」を見つけては大切にする。そして「彼」のために、絢瀬のそばにいるために、彼が本当に取り繕えなくなってしまわない程度の距離をずっと探っている。
そうしていつか、彼の願いが叶って。
彼が、どこかに行ってしまうとしても。
どこにも行かず、二人そろってハッピーエンドになるのだとしても。
秋也にとって「失恋」というゴールが変わらなかったとしても。
彼と彼女が一緒に笑っているところを見てからでないと、秋也はこの恋心を捨てることなんて、できなかった。
「でもそっかあ、ふふ、お前ってちゃんと誰かに恋しているんだなあ。特定の誰かを贔屓したりしないのかと思ってた」
ふふふ、と嬉しそうにはにかむ睦月は、よほどこういう話をしたくてたまらなかったのだろう。お前って本当に誰のことも特別扱いしないからさあ、とポテトチップスに手を伸ばして、サクサクといつもよりもおいしそうに齧る。
誰のことも特別扱いしない、と言われるほど、誰も彼もを平等に扱えているとは思っていないのだけれど。彼にはそう見えているらしい。現に目の前の親友のことはそれなりに特別扱いしていたつもりなんだけどな、という言葉は少し照れくさいので飲み込みながら、まだ手つかずだったジュースに手を伸ばした。
「博愛なわけじゃないからな。睦月もそろそろ降参すればいいのに」
「え? 降参? えー、あー、あー……いや、だめでしょ……あいつにはもっとあいつだけを思ってくれるような奴じゃないと……」
誰に、とも言っていないのにすぐに理解して苦い顔をするのは、それだけ意識していることだと秋也は思うのだけれど。彼がそれを肯定しないこともわかっているので、そうか、とだけ答えた。
睦月のことを、澄恋が心から愛していることなんて、睦月を含めた周囲の人間全員が知っている。それが一方的な片思いでしかなくて、睦月の方は純粋に友情だけを感じているらしいことも見ていればわかるが、こんなに愛されているのなら付き合っちゃえばいいじゃん、と思うのも仕方のないことだ。
でも彼はうなずかない。彼女のことをちゃんと好きになってくれる人じゃないとダメだろ、と彼は言う。その言葉自体は素晴らしいものであるのだが、その後に続くそもそもオレの好みはぁ、という言葉を聞くと、やっぱり澄恋に捕まった方がいいのではないかと思ってしまうのだ。
「オレはぁ、やっぱりこう、手を引いてくれるっていうかぁ……包容力があって、かつ蛆虫って扱ってくれる人がいい……」
「語尾にハートをつけていそうなほど蕩けた口調で無茶苦茶を求めるな」
「複雑な心なの」
うっとりと語る睦月はどうにも被虐趣味があるというか、振り回され雑に扱われることを好いている。厄介なのは、強引に迫られると詰められているようで嬉しくなってしまうとかで、どんな内容でも首を縦に振ってしまうくらいに無茶ぶりをされることを好んでいることだ。
もともと秋也が彼と親しくなったのもそれが理由である。誰かを構い倒したくて仕方がなかった秋也と、望まぬ甘やかしを受けることが意地悪されているみたいでアリかもなんて言い出した睦月が、よくわからないまま利害を一致させてしまった。そこからスタートして、なんだかんだとお互いを知って、一緒にいるようになって。そんな始まりだから睦月の趣味に文句は言えないのだが、その割には澄恋の熱烈な告白にだけはうなずかないのだから不思議である。
悪の組織とやらを名乗るようになったのも、その性格に関係があったりするのだろうか。詳しく聞かないでくれと言われたからには突っ込んだことは聞けなくて、でも気になる気持ちも確かにある。
睦月も「誰かのために」笑える人だから。そんな「睦月のために」笑うのが澄恋だから。きっと本当に、秋也では想像もつかないような事情があるような気がするから。未だ、魔法少女の理由すら聞いていない自分が何かを言うことは許さないような気がする。
秋也はしばらく考えた後、ただぽつりと言葉にするだけにした。
「……あまり、危ないことはするなよ」
「はいはい。ま、どっちかっていうと、あの子には危ないことにならないために付き合ってもらってるようなもんなんだけどね」
オレ達いろいろ複雑でさあ、と笑う彼は、少なくとも望まぬ行為をしているわけではないのだろう。そのことに少しだけ安心して、そうか、と答えた。
2022年9月執筆
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ごちゃ。