Apocrypha編 Prologue
最果ての海域─────
海とは名ばかりで、その海域は風もなく生物もいない。蒼く透明な花が一面に咲き風もなく揺れ水面に波紋を拡げている。
その水面咲く花に気にもとめず、ただ歩き続けた。
そしていつ自然のマナが微弱に変質したのか、海がいつもと違う。
今は懐かしい『風』が髪を揺らし、なぜかいつか見た砂浜に立っていた。
その浜辺近くの家に裏手から入る。ドアの隙間から漏れる光を避けるように進み、誰も踏み入れない暗がりの別館のような通路を歩いて更に奥の光無い部屋に入る。
ここが彼女に与えられた部屋だった。寝具もなく机もない。何を置くのも許されないと言わんばかりの暗く何もない部屋。
夜はただ暗い、昼間でさえ光の届かないこの部屋で生まれて間もなくこの部屋で育った彼女は世間一般を全く知らなかった。
学校に通うことも家族や親戚が部屋に来ることもない。まず部屋から出して貰えなかったからだ。
しかし彼女には生まれながら家族の誰も持ち得ないものがあった。
『──────魔術師としての記憶』が。
その記憶と自身の魔術でかつての『記憶』を前世の自分とし、老いなくなった肉体を弄る。家族となる人間の記憶に干渉した。
その家の赤子として、生まれたかのように。
人間として『愛情』を受けたかった、という小さく芽吹いた願いから。
そして選んだ家が悪過ぎたのだ。人として叶えられなかった願いをひとつでもいいから叶えたい。そんな願いを踏み躙られて。
彼女の『呪い』は願いすら暗く塗り潰してしまう呪いだった。
人間の苛立ちや怒り、負の感情を受けつつも、人を憎まず恨まず他者に干渉し、人を癒すことに長けた少女はその果てに最果ての海域へと足を踏み入れる。
そして彼女は老いることがなくなり、英雄や聖女として名を遺す。
しかし、痛みを忘れた訳でもなければ、悲しみや怒りをなくしてはいなかった。人の身で人を超えた存在へと昇華したことで何かが変わった訳でもない。
痛みは彼女を暗く深い深淵へと突き落とす。
それを繰り返された結果、魔術師であることが露見。家を追い出されることとなった。
それから3年後、とある魔術師からの依頼を受けた彼女は『聖杯大戦』の赤陣営として参加することになる。
「キミに依頼だ
真城」
男から渡された手紙には、時計塔の魔術師の名があり、あの冬木の魔術儀式へ赤陣営としての参加の意を依頼する文面が綴られていた。
「…聖杯大戦か」
英霊の召喚に必要な触媒は既に手紙と共に送られており、強制と見るほかない。
目指す場所はルーマニア。彼女は戻れぬ戦いに身を投じる。それは『願い』あってのことか。それとも…
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