肌を微かに擽るスカートは、まだまっさらで生地も固い。桜の花びらが優乃の視界を遮ってはどこかへ去っていく。
春が訪れていた。
彼女がまさに通ろうとしている門は、学校の歴史を体現するような重たい黒に鈍く光っていた。制服を着慣れた様子の在学生から、動きの固い新入生まで、全て等しく迎え入れている。
優乃は滑らかに光るローファーに包まれた足を止めた。顔を上げた先に、校舎が聳え立っている。日の光を受け止める壁は灰がかり、長く風雪に晒されてきたことがうかがえた。
優乃は校舎の奥に建物の影を見つけた。学校案内で何度も目が留まった、大きな体育館だった。
「努力が実るとは限らない。そんなもん常識でしょ」
耳の奥に、壁越しの冷ややかな声が蘇る。優乃は思わず瞳を伏せた。
一度静かに目を閉じて、顔を上げる。
「お前がここに入れたのって奇跡だよな」
「いやそんなことはない」
「何その謎の自信」
新入生らしき生徒たちの声に背中を押されるようにして、優乃は彼女も校舎へと歩き出す。佇む体育館は、その視界の端にいつまでも映った。
目の覚めるようなパスカットを、優乃は久しぶりに見た。
25番のゼッケンを揺らして、黒髪で釣り目の男子がそのままドライブで前方へ切り込む。ボールを取られた茶髪の男子は泡を食ってその後を追った。
「あー、38番C、25番A」
秀徳の中谷監督の言葉を、そのまま用意されていた紙に書き込む。
秀徳の男子バスケットボール部では、入学式当日から入部時の実力を見るためのテストが行われていた。テストの結果如何により、軍を振り分けられるのだ。強豪校では方針がある程度同じなのだろう。帝光のシステムとよく似ていた。
笛が鳴った。
今までコートでプレイしていた者たちが出て、次の者が入る。
優乃はバインダーを片手に、先ほどテストを受けていた25番を目で追った。ぐっと体を伸ばしながら、彼はコートの脇へと向かっている。
(あの人、群を抜いて上手いな)
中谷は、横目で優乃を見た。
優乃は真剣な眼差しでコートの選手たちを見つめていた。
内心、小さく唸る。入部の希望を届けられた際、自分はマネージャー経験者だと言っていた。
「二軍の、ですけど」
そう言って僅かに目を伏せたのを、よく覚えている。
(この手際で二軍とか……もう出身校言ってるようなものだねえ)
ホイッスルを模したタイマーの音が、鋭くコート内の彼らを割く。思い思いの表情でコートから出る部員候補へ中谷は目を戻した。
(今年は帝光から二人か……)
テストが終わった後、監督は一年生を含む部員全員を呼び集めた。中谷を中心に半円を描くようにして新入部員が集まったところで、体育館の大きな扉が音を立てた。別で練習をしていた二、三年生が合流するのだ。
「テストはもう終わってますか、監督」
先頭は、嵐にもびくともしない巨大な岩を思わせる男だった。穏やかでいて厳しい、人柄が一目でわかるような強い光を目に湛えている。優乃は彼を知っていた。中学時代から実力者と名高いセンターの大坪だ。背番号4を付けておらずとも、彼がこのチームのキャプテンであることは部員たちの空気が語っていた。
彼に続いて、続々と鍛え抜かれた部員たちが入ってくる。他の一年生と共にそれを眺めていた優乃は、最後に続いた一人に息を呑んだ。
他の新入部員たちも同様だった。25番のゼッケンを着ていた男子が愕然と、彼を見ている。
「全員揃ったな」
上級生の入場に浮足立っていた館内は一転して、水を打ったように静かだった。
「で、お前らに言っておきたいことがあるわけだけど……んー……」
中谷は少し考えてから、口を開いた。
「非難が出ると思うから先に言っとくと……この三年間、ウチは緑間が全ての中心だ」
二、三年生が大きくざわめいた。中谷はそれを制した。
「お前たちが頑張ってきたことはよく知ってる。『キセキの世代』を獲得するとは……まあ、そういうことだ」
中谷は表情を変えた。
「けどま、それは別にそれ以外の人間がいらないと言っているわけじゃない。二年生、三年生は今まで通りに、それから一年生は今日から、王者の一員だというプライドを持って、日々の練習や試合に臨むように。いいな」
体育館を震わせた部員たちの返事には、様々な思いが載せられていた。
全体への連絡を終えて体育館の脇へと歩いていく中谷の後ろ姿を見送って、優乃はバインダーを持つ手に力を込めた。
二三年生の固まっている方に、彼女は目を向けられなかった。
緑間がここにいる。
あのスリーポイントシュートを再び目にすることになる。
あの、圧倒的な実力者が、ここにいる。
優乃の心臓は今にも波に飲み込まれそうだった。優乃は小さく頭を振った。
ここは、帝光ではないのだ。
愛しくなる衝動