観客がぐるりと彼らを囲む中、コートは溢れんばかりの光に満ちていた。
(秀徳のオレンジ、よく目立つ)
コート脇から、整列する選手たちを眺める。膝を抱えて座る優乃を“秀徳”の文字が入ったエナメルバッグが囲んでいる。地面に下ろした勢いのままベルトが床に垂れたもの、バッグの天井の部分にきちんと畳まれたベルトが乗せられているもの、優乃は全て持ち主を言い当てられる。少し潰れて綻んできた角を優乃はそっと人差し指で撫でた。再びコートの中を見る。
力強い光を湛えた瞳で先頭に立つ大坪に続いて、一軍メンバーたちがまっすぐに前を見据えて並んでいる。
開会式をこれほど明るいところから見つめているのは、初めてだった。
開会式後、会場ではトーナメント戦が順次始まった。ウィンターカップ本戦一回戦はメインコート三面、サブコート一面の計四面を使って、初日・23日と二日目・24日に行われる。秀徳の初戦は二日目の16時からだ。初日は他校の試合を見てその仕上がり等の情報収集に努めることとなる。
最初の試合はコートCにて、14時30分から始まる。埼玉の箱崎文理対青森の若井だ。
「どちらが進むにしろ、ウチと当たる可能性は低い」
緑間が黒縁眼鏡の橋を押し上げる。
「今日見ておきたいのは16時からのDコート、17時30分からのBコートだな」
優乃は隣を歩く緑間をちらりと見上げて笑った。海常の試合と、誠凛対桐皇の試合だ。
「何だ」
「……危ないからカバーしてほしいな、って」
「だからこれには元々カバーがないのだよ」
「そんなことあるの……?」
通路を行く緑間たちを、見たことのあるジャージ姿や応援らしい学生服が振り返る。暁の空の色をした秀徳のジャージもまた、古豪の色として全国に知れ渡っている。その上、一人は日本でバスケに携わる者であれば誰もがその存在を知るキセキの世代であり、さらに彼の手には抜き身のハサミが握られているのだ。
緑間の手で、しゃきんしゃきんと切れ味の鋭そうなハサミが鳴る。その度に人が道をあける。どうか緑間が自分の長い足に躓いて転びませんようにと優乃は祈った。
メインアリーナの外を回る通路を半分ほど歩いたところで、ようやく自販機が見つかった。飲み物を買う寒ヶ岡の生徒がはけるのを待って、二人して自販機を覗く。赤く点滅するボタンの上にずらりと並ぶのは、スポーツ飲料やミネラルウォーターばかりだ。
「おしるこ、ないね」
「信じられないのだよ」
「緑間くん、どちらかというと今まで試合会場にあったのが不思議だったんだよ」
「なんだと」
ハサミをじゃきんと開いて優乃を見る緑間の傍らで、自販機は沈黙を貫いている。後ろから別の学校の選手たちがやってきた。脇へ避ける。礼を言った一人が、緑間の持つハサミを見てぎょっとして口を噤んだ。
「会場の外なら、この寒さだしあるかも」
「外か」
「うん。どうす」
バイブ音で優乃は反射的に口を閉じた。緑間はジャージのポケットからスマートフォンを取り出す。その間に振動は止まった。メールだったようだ。
画面をタップして、しばらく緑間の手が止まった。
「……優乃」
「はい?」
「先に戻っていろ」
「緑間くんは?」
緑間が顔を上げる。優乃を見た双眸は、試合直前と重なった。
「“赤司と会ってくる”ねー」
秀徳の集合している場所までは、戻るのに時間がかかった。一人で帰ってきた優乃を見て呆れ顔だったチームの面々は、事情を聞いて顔色を変えた。
「みんな呼び出されてるんじゃないかな。帰ってくる途中で紫原くんを見かけたから」
「ふーん」
彼らが一堂に会するところは、同じ学校で何度も見ていたはずの優乃も、今は想像しにくかった。優乃の視線は自然と腿の上に置いた手へ落ちる。その下に見えるつま先を、なんとなく持ち上げては元に戻す。
優乃、と呼びかけられた。ベンチで隣に並んだ高尾を見る。灰褐色の瞳が優乃を見ている。
「あのさ、オレ前の誠凛戦の後に、優乃が真ちゃんや黄瀬くんたちに話してるの、聞いてた」
瞬きを一つしたのち、優乃はその目元を綻ばせた。
「そうじゃないかなって思ってたよ」
「あー、やっぱ?」
「うん」
「言ったのは、勝手にごめんってのもあるんだけどさ」
高尾はすっと腕を持ち上げた。優乃の目の前に拳が掲げられる。
「オレが知ってるってこと、知ってほしかった」
優乃はじっと拳を見た。その先の高尾の瞳は、真っ直ぐに優乃を見ていた。
向かい合わせになる左手で、小さな拳を作る。
「……聞いてくれてたらいいなって、思ってたよ」
高尾は彼らしく笑って、もう一度小突くように拳をぶつけた。
愛しくなる衝動