54:手から手へとわたる火



「おー惜しい!」
「いい線行ってるじゃねーか」
 自主練習の片付け中、足元のバスケットボールを拾ってふと、優乃は自分がスリーポイントラインの上にいることに気が付いた。自然と足先は、ゴールポストへと向いていた。
 ゴールリングがガタガタ揺れて、失格とばかりにボールは外へ弾かれる。やはり、選手たちのようにはいかない。
 そこで後ろから声が飛んできて、彼女はひっそり遊んでいたのを見られていたことに気がついた。
 いい線行ってるというのは宮地の声だった。高尾は優乃の方へ歩み寄り、ボールを手に隣へ並んだ。宮地を振り返る。
「優乃フォーム綺麗っすよね」
「そだな。あとは指のかかり方と……力加減か?」
「オレは真ちゃんほどスリー得意じゃねーけ、どっ」
 キュ、とシューズが鳴ってボールが宙へ浮く。リングをすり抜けて、網の音が心地よく鳴った。
 拍手する優乃へ、もっかいやってみとボールが差し出された。
 バスケットボールのざらっとした感触を確かめる。途端に先程自分がどうやってシュートを撃ったのかわからなくなった。隣はもちろん、後ろからも変わらず視線を感じる。
「あっ」
 今度はゴール板が音を立てた。リングの付け根と当たってボールは外へぺいと吐き出された。
「ありゃ」
「さっきより力入っちまったな」
「見られてると思うと緊張が……」
 高尾と宮地が笑った。「なんか微笑ましいわ」「っすね。オレ初めてゴール前立ったときこんな感じだったかなー」
「……私、シュート初めてじゃないのに」
「それはまあ、慣れだな」
「そっすよねー」
「わかってたけど、みんなすごいね」
「つーわけでもう一本」
 宮地が投げて寄越したボールを受け取って、もう一度優乃はゴールへ向き直った。先程よりもさらにゴールは遠く見える。
 落ち着こうと目を閉じた瞬間、その映像は瞼の裏へ鮮やかに浮かんで消えた。
 目を開ける。
(膝を少し沈ませて、脇をぎゅっと閉めて)
 その後は、不思議なくらい柔らかいのだ。
 先程より少し高い弧を描いたボールは、ゴールの方へと吸い込まれていき、ガコンと音を立てて弾かれた。
 その後に続いた少しの沈黙は、優乃にとって不思議なものだった。
「いや……うん」
「え? え? そんなにダメだった?」
「……あーもー」
 優乃がうかがい見た先で、高尾は唐突にキッと後ろを振り返った。
「なんかムカつくんですけど真ちゃん!」
「え」
 振り返った先、モスグリーンの瞳とばっちり目が合う。手本にした本人にも見られていたと察して、言葉を失う。
「えーっと」
 転がってきたバスケットボールがこつんと優乃の足にぶつかった。声は喉からぽんと押し出された。
「ずっと見てきたから」
 ボールを拾い上げる。
 オレンジのジャージに袖を通すようになってからだけではない。スポットライトの外からも何年も見ていた。日に日に精度を上げ、美しく純度の高まっていくシュートから目を逸らすこともできず、魅了され続けていた。
 顔を上げた優乃は、三人が唖然とこちらを見ているのに気がついた。体育館の照明が立てる微かな駆動音さえ聞こえてきそうだ。優乃が首を傾げたのを見て、宮地の表情が呆れ顔へと崩れていく。
「ったく、ちょっとビックリしかけたオレがいたわ」
「あー、優乃? それは勿論、黄瀬とか青峰とかのプレイもってこと?」
「……そう。そうなんだと思う」
 言い終わらない内に緑間が足早に優乃へ近づいてきて、頭へ縦にした手を無言で落とした。優乃はぽかんと、眼鏡の橋を軽く持ち上げる緑間を見上げる。その手から緑間はなおも無言でボールを奪った。キュ、とシューズが鳴って、膝がぐっと沈む。
「これくらいしっかり再現してもらわないと困るのだよ」
 ボールが大きく弧を描く。緑の目が優乃を見下ろす。
「ずっと見てきたのだったらな」
 緑間の背後で、ボールを飲み込んだゴールネットがごくんと音を立てた。


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愛しくなる衝動