波の音
07




 先週の土日に、下宿の周りを少し探索してみた。いつまでも何があるかわからない状態だと、何かと不便だ。何より、風邪を引いたときに頼れる場所がわからないのは怖い。
 その際に、今下宿している学生マンションから十五分ほど歩いたところに、レンタルビデオ店があることを知った。しかもそのお店は、学生証があれば会員証を作れるそうだ。これは嬉しい。
 その日は何も借りずに帰ったけれど、今日は何か借りようかな。まだ少し肌寒い道路から、店内へと入った。
 天井から吊り下がっている案内板を見て、まずは邦画のコーナーへ向かう。私はジブリ作品がすごく好きなのだ。もう何回も見直している。あの不思議な世界観にいつまでも浸っていたい。本当は全作品のDVDを持っているのだけれど、実家に置いてきてしまった。
 どれにしようかな。どれもこれも見たくなってしまう。
 背表紙を見つめて悩んでいると、隣に人が並んだ。誰か借りにきたのかと思って少し移動する。その拍子に、店員の制服がちらりと見えた。
「あ、すんません」
 再び大好きな作品たちに目を戻していた私は、その声に顔を上げた。
 耳元で綺麗に光るピアスは、今日は外されていた。
「ええと」
 私が思わず口を開くと、彼も気が付いたように私を見た。
「あ」
 眠そうな目がちょっと丸くなった。
「こんにちは」
「ども」
 だいたい同じくらいのタイミングで挨拶し合う。何だか少し面白かった。
 財前くんは片手にいくつかDVDの中身を持っていた。制服を着ているし、ここでバイトをしているみたいだ。
 会話が途切れたので、私は再び背表紙に目をやった。どの作品も好きだけれど、今は現実ではありえないような世界のものが見たい気分だ。
 和風のものにしようかな。でも、あのへんてこな城のお話もすごく好きだ。
 綺麗な手が、視界に入ってきた。
「そこ、入れさしてもらってええ?」
「あ、ごめん」
 また少し体をどかして、再び背表紙を見つめる。もういっそ全部借りていきたいけれど、お金がもったいないし、きっと一週間でそんなに見られない。
 かなりの時間、悩んでいたような気がする。その間に、財前くんはどこか別のところへ仕事をしに行った。結局、真っ黒の煤でできた生き物と、大中小の不思議な生き物がでてくるものにした。
 それを持ってレジへ向かうと、財前くんが担当だった。目礼される。財前くんは作業する手元へと目を伏せた。美形さんはそれだけでもう映画のワンシーンみたいだ。
 財前くんは私が手渡した作品を見て、何故かちょっと笑った。首を傾げると、財前くんは謝った。言葉が続く。
「結局これにしたんやな、と思って」
「あ……」
 財前くんが横に並んでから、だいぶ時間が経っている。私は今回これ以外に何も借りないから、ずっと悩んでいたことが財前くんにもわかったのだろう。
「うん」
 少し気恥ずかしくて、視線を逸らした。
「ジブリね、好きなの」
「うちの先輩にも、めっちゃジブリ好きな人おるで」
 少し間が空いて、財前くんから言葉が返ってきた。ぴっと電子音が鳴った。
「あ、返却は一週間後になります」
 お店でこれまで何度も聞いた言葉だけれど、イントネーションが違うなあと思ったのは初めてだ。わかりましたと頷いて、DVDの入った袋を受け取る。
「それじゃあ、お仕事頑張ってね」
 財前くんの目を見上げる。相変わらず静かな目をしていたけれど、少しだけ表情を動かしてくれた。
「ども」
 知り合ったばかりの人でも、笑顔を見るのは素敵な気分だ。円盤が一枚だけ入った袋を揺らしながら、思った。


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