二十五、偉功を掴め - 一


晴天だ。
桜子は、思わず笑ってしまった。文机の上を見る。
いらなくなった布で作った簡素な人形が、しっかりと立ってこちらを見ていた。
昨日、尾浜に教えてもらったものだった。
「三町さん! 三町さんも明日、晴れてほしいと思わない?!」
桜子が昼食を食べているところへ、突然やってきて尾浜は言った。
思わず頷いた桜子に、尾浜はそのまま横の席に座って、これを飾れば雨が降らなくなるという人形の作り方を教えてくれたのだ。
途中から、通りかかった七松も参加して作り始めたので、桜子たちが座っていたテーブルは一気に騒がしくなった。結局三人は次の授業開始間際までずっと作り続けていた。
その甲斐は、きちんとあった。
(後で集合したときに、ちゃんと効いたって三郎に言い返せる)
桜子は、忍装束を広げた。
本日は、五年生の忍たまくのたま合同演習当日だ。

高い位置で結わえた黒髪が、大きく揺れる。
体中の筋肉の動きを意識して、桜子は木から木へと移動していた。
集合場所は、昨年と同じだった。そして、食満や善法寺が言った通り、全員が同じ場所からスタートするという連絡が、山本シナ先生からあった。
(体調に変わりはないかな)
桜子は最後に、右手を使って枝を飛び移った。
異常は無さそうだ。
そのまま、木の枝から宙返りして降りると、既に到着していたあやのが、桜子に手を振った。
聞いた話では、あやのは、は組の上呂という忍たまとチームを組んだらしい。
「やる気ね、桜子」
口角を吊り上げたあやのに、桜子は不敵に笑ってみせた。
「うん! でも、あやのもでしょう?」
「当然」
そう言って、桜子の尻を叩いてきたあやのに手を振って別れ、桜子は相方である鉢屋の元へ歩み寄った。
鉢屋は、久々知と尾浜と共に居た。
桜子が彼らに近づくのに、まず尾浜が気づいたようだった。
彼はぱっと顔を輝かせて、桜子に手を振った。
「三町さーん! 天気、晴れたね!!」
桜子は顔を綻ばせて、頷いた。
昨日会わなかった久々知も、尾浜から聞いているのか、にっこり笑う。
尾浜が、首を傾げた。
「七松先輩も飾ってくれたのかなあ?」
「小平太先輩、飾ってくれたみたいだよ。朝見せに来てくれた」
そう言って、桜子は頭の後ろで手を組んでいる鉢屋に向き直った。
昨日そんなもの効くかとにやにや笑ってくれたお礼を言おうと思っていた桜子は、口角を綻ばせた。
(それは、また今度でいい)
桜子は、彼に向けて破顔一笑した。
「頼りにしてるね」
鉢屋は、不敵に笑った。桜子の頭に、押さえるように手のひらを置く。
「桜子次第だな」
うわー、と尾浜が口を開いた。
「この二人、本当にチームなのかあ……すごい強敵だ」
「間違いなく優勝候補だな」
それに、久々知が頷く。
鉢屋は、桜子の頭から手を退けて、人差し指と中指を広げてみせた。
「当たり前だろう、優勝するんだからな」
桜子は、それに頷いた。
尾浜と久々知は顔を見合わせてから、彼らも不敵に笑った。
「それはどうかな?」
「俺も当然、優勝する気だよ」
それから少しして、尾浜と久々知それぞれのチームメイトのくのたまがやってきた。それに続くように、教師陣も到着する。
五年い組実技担当の木下鉄丸が、生徒の中央へと歩み出る。
一瞬で、場が静寂を満たした。
木下が、口を開いた。
「演習を始める前に、変更点を伝えておく」
桜子はその瞬間、山本シナ先生の口元が確かに吊り上がったのをはっきりと目撃した。
嫌な予感が彼女の脳髄を駆け巡る。
木下は続けた。
「知っている者も居るだろう。くノ一教室の生徒たちは少し前の合宿で、遊女屋を襲撃した男たちにより、大半の者が怪我を負った状態だ」
周囲が少しざわついた。
桜子も、己にいくつか視線が向けられたのを感じた。
(それもそうか)
色の術のための合宿があるのは、おそらくくノ一教室だけだろう。
木下に続いて、山本が口を開いた。
「加えてくノ一教室では、この演習に参加する権利を獲得する段階から条件を設定していたため、もともと忍たまより数が少ない上からさらに人数が減った状態です。くのたまとチームが組めず、減点覚悟で一人でいる忍たまも、現に少なくない数居ますね」
「そこで、だ」
そう言って、木下がにやっと笑った。
「チームを変更する! 忍たま二人もしくは三人にくのたま一人で一チームだ。チームはこちらで決めた。今から読み上げるので、聞き漏らさないように」
やられた。
桜子は舌を巻いた。
先生方は、最初から生徒たちが期限など守らないことを想定していたのだろう。よく考えれば当然だったが、裏を完全にかかれた。
(チーム変更についての情報は、一切漏れていなかったし……)
桜子は、鉢屋と顔を見合わせた。お互い浮かんでいるのは苦笑だった。
「計画を練ったチームほど逆に不利になったな」
「情報をよく知ってる相方とは確実に離されるだろうしね」
「まあ、互いにベストを尽くそうじゃないか。私はまだ優勝する気だぞ」
「そうだね。もちろん、私もだよ」
「次!」
木下が、声を張り上げた。
「五年い組、久々知兵助!」
「はい!」
桜子は、少し離れたところにいる久々知を見た。
今回の演習に当たって、久々知は最も注目すべき人物の一人だ。
成績優秀で頭脳明晰、そして文武両道と称される彼は、鉢屋と並んで優勝候補筆頭だ。
彼のチーム構成は、特に把握しておかなければならない。
桜子は、木下を見る。
木下は、手元のリストを大声で読み上げた。
「五年ろ組、鉢屋三郎!」
「はい」
周囲がどよめいた。
桜子も、思わず声を上げるところだた。
優勝に最も近い人物の内二人が、同じチームになったのだ。拳を軽くぶつけ合っている二人を見て、桜子は苦笑いを零した。
「くノ一教室、木部チヨ子!」
「はいっ!」
桜子は、険しい上り坂が、更に急になったのを感じた。
(チヨ子か……)
チヨ子は、教科の成績は壊滅的だ。しかし実技はできる。そして何より、罠の腕は間違いなくくのたまの頂点だ。
チヨ子が、久々知と鉢屋の元へ駆け寄った。よろしく、と二人に笑ってから、チヨ子はこちらを見た。
満面の笑顔で、彼女は大きく手を振る。
桜子は、眉尻を下げて一つ息を吐いてから、笑顔で手を振り返した。
木下はそれからも、ひたすらリストを読んでいった。
鉢屋、久々知と同じく要注意人物である尾浜は、同じく要注意の不破、そしてキヌヨとチームになった。
(残るは……)
桜子は、向かいの位置の少し奥を見た。
竹谷が居る。彼もまた、要注意だ。
「五年ろ組、竹谷八左ヱ門!」
「はい!」
とうとう、竹谷が呼ばれた。
続いて、は組の上呂が名を呼ばれる。
あやのとチームを組むはずだった人物だ。あやのがチームを組むことを承諾するくらいだから、恐らく実力はあるのだろう。
桜子は、木下を見た。
くノ一教室からは、誰が選ばれてくるのだろうか。
木下が、口を開いた。
「くノ一教室、三町桜子!」
「はい!」
桜子は、咄嗟に返事をした状態だった。
自分もまだ呼ばれていなかったことを、失念していたのだ。
桜子は己に内心苦笑したが、顔には自然と不敵な笑みが浮かんでいた。
目が合った竹谷が、大きく手を振っている。
(これは、勝てる)
桜子は、彼の方へと駆け出した。





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