二十五、偉功を掴め - 二
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走り出した桜子の後ろ姿を見送りながら、チヨ子は口を開いた。
「桜子、ますます強敵だなー」
「ああ、本当に厄介だ」
チヨ子の呟きに、鉢屋が反応した。久々知も頷く。
鉢屋たちが注目されるように、桜子もまた注目される存在だ。
六年生との合同演習で、本命と言われていた立花とあやの、潮江とキヌヨ、そして七松とチヨ子のペアを下して食満と共に優勝を果たしたのは、同級生たちの記憶にもしっかりと焼き付いていた。
「一番組んでほしくない人と組んじゃった」
チヨ子が唇を尖らせ、ぼそっと呟いた。
それに、久々知が首を傾げた。
「八左ヱ門のことか?」
鉢屋も、千代子を見た。
チヨ子は二人に、得意げな顔で頷いた。
「だって、忍たまの同級生の中で桜子と一番仲良いでしょ、竹谷って。ってことは、息も一番合うってことだし」
チヨ子は、桜子の方へ目を遣った。
木下先生がリストを読む中、桜子と竹谷と上呂が、小声で喋っている。
と、少し悪戯っぽく笑った桜子を、竹谷が小突いた。彼もまた、口元を緩めている。
「桜子と竹谷、ほとんど毎日会ってるし当たり前っちゃそうだけど」
「え、毎日?」
「うん。あー……あたしが怪我させた子狸を色々あって桜子が竹谷のところへ連れてったんだけど、桜子律儀だからそれからほとんど毎日子狸の様子見に行ってて、そこで会うって」
「……へえ」
木下がリストを懐へしまった。
五年生は皆、彼に注目した。
木下は、声を張り上げた。
「変更点は以上! 後は前に説明した通りだ」
「では、これから合同演習を始めます」
「各チーム、散!」
木下の声と同時に、その場から全ての人間が消え失せた。
周囲に、他チームの気配はなかった。うまく離れることができたようだ。
裏山の木々が、風にざわめく。
「まずは」
木の枝づたいに移動しながら、竹谷が言った。
「鈴を見つけることを最優先しよう」
桜子は、彼の斜め後ろに続きながら頷いた。
「そうだね」
今回は、実力がずば抜けているチームが二組ある。そのチームが鈴を見つけ出す前に、鈴を確保してしまい、それを時間まで死守する方法が、最善だろう。
「わかった」
上呂も頷く。
桜子は少し速度を落として、上呂の横へ並んだ。
「上呂くん、鈴のある場所について、何か情報持ってる?」
上呂は、首を横に振った。
桜子は、頷く。彼女は大きく枝を蹴った。黒髪が波打つ。
竹谷の隣に並ぶと、彼はちらりと桜子を見た。
「八左ヱ門は?」
「無いな」
「じゃあ、一か八か、私が手に入れた情報のところへ行ってみない?」
口元を緩めた桜子に、竹谷は少し眉を上げた。
「行ってみよう。唯一の手掛かりだし」
桜子の隣に並んだ上呂が言った。
竹谷はそれに頷いた。
「そうだな」
続いて、桜子を見てにかっと笑う。
「案内頼んだ、桜子」
上呂が、桜子に親指を立てて笑う。
桜子は、頬を綻ばせて、二人よりも前へ出た。
風の音が、耳を過ぎていく。忍の気配は、まだ周りに無い。
(そうと決まれば、急がないと)
桜子の情報と言うことは、鉢屋も把握している情報ということだ。久々知とチヨ子が他に情報を持っている場合もあるが、彼らが桜子たちと同じ場所へ向かう可能性も十分にある。
「少し急ごう」
桜子が振り向いて言うと、二人はしっかりと頷いた。
桜子は、一本の竹に短刀を宛がった。
情報が正しければ、この竹のはずだった。調べてみたところ、竹の下部にわずかながら、細工をした跡もある。何らかの手掛かりには、間違いなくなるだろう。
チームメイトに目配せして、桜子は音も無く、竹を横一文字に切った。二人がすぐに、竹が倒れて音を立てないように、支えてから静かに横たえる。
桜子は、竹の内部を覗き込んだ。
当たりだった。竹の底に、赤い紐が付いた鈴があった。
桜子は、罠が仕掛けられていないか確かめてから、そっと鈴を取り出した。
竹谷と上呂が、目を丸くした。
「おほー……一発で当たった」
「すごい幸運だ……」
「その幸運、分けてほしいなあ」
背後に気配を感じ、桜子は咄嗟に前へ跳んだ。
竹谷と、上呂の目つきが変わる。
「ちぇっ、避けられたか」
そう言う尾浜は、全く残念そうではなかった。
口元に笑みを浮かべて、彼は万力鎖を構え直した。
桜子は、鈴を胸元へしまいながら、内心首を傾げた。
(待ち伏せ……? 鈴のある場所を知っていたのに?)
一瞬考え込んだ桜子は、男三人が赤かったり青かったりする顔で、彼女を見ていたのに気がつかなかった。
「流石くのたま……」
「ものすごく自然に、胸元、に……」
「うーん、これって俺が取るとき、触っちゃっても不可抗力、かなあ……」
尾浜が、少し青い顔で言う。
真っ赤になった竹谷が、間髪を入れずに叫んだ。
「絶対だめだー!」
「いいよ」
「えっ?!」
竹谷は、すっとんきょうな声を上げて、桜子を見た。
桜子は、尾浜から目を離さず、不敵に笑った。
「絶対に取らせないから」
尾浜は円らな瞳を瞬いた。竹谷が、僅かに目を見開く。
尾浜の唇が、弧を描いた。
「それじゃあ、遠慮なく!」
桜子は、背後から迫ってきた手裏剣を短刀で打ち落した。
上空から落ちてきた不破の踵を、身を捻って避ける。
やはり、待ち伏せではなかったようだ。
桜子は短刀を構えた。口布の上で、瞳が鋭利に光を放つ。
「集合場所が偶然ここだったみたいだな」
桜子と背中合わせの位置へ回った竹谷が言った。
「うん。待ち伏せする意味は無いし、キヌヨと不破の出方も、咄嗟みたいだったし」
桜子は頷いた。
彼女の前で、同じように口布をしたキヌヨが、隙のない目でこちらを見ていた。
竹谷の前には、不破が居る。
上呂と尾浜は、既に戦闘を開始していた。
桜子は、内心舌打ちした。
(キヌヨを私に当ててきたか……)
キヌヨは実技の授業で良い成績を修めているが、色の術を実戦において使用することは苦手としていた。
(でもキヌヨは負けず嫌いだから、二人に色が苦手だと申し出たりしない。むしろ、自分で相手を選ぶなら私ではなく忍たまを狙うはず)
すると、指揮は彼女でもなく、迷い癖のある不破ではなく、尾浜が執っているのだろう。
桜子は舌を巻いた。
短時間でキヌヨの性質を見抜いて、適所に配置している。
(それに、キヌヨ相手だと私は色が使えない)
彼女ならば、全く躊躇することなく、桜子の胸元へ手を突っ込むだろう。
睨み合いにじれて、キヌヨが一歩、前へ進み出た。彼女の手には、クナイが握られている。
桜子は、目を細めた。
金属音が、竹林に響き渡った。
(今の、いくつのチームに聞こえたかな……)
桜子は、軽く跳んでキヌヨの足払いを避けた。
読んでいたのか、すかさずキヌヨは拳を繰り出してきた。
下手に避けると、胸元を掴まれかねない。桜子は、右腕でそれをいなした。
竹が、風に揺られてざわめく。
上呂と尾浜が戦っている方でも、金属音が響いていた。
鉢屋のこともある。ここに長居するのは危険だ。
桜子はバック転して、再び竹谷と背中合わせになった。相手が成績優秀な不破なだけあり、彼も攻めあぐねているようだ。
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