01夏のまばたき

まだ中身は空っぽの、人の胴体ほどあるドリンク製造器をバスの座席から抱え上げる。
キヨがJr.選抜に選ばれたときに、伴じいが記念にと買ってきたものだ。
「俺だけに特別にーとかはないの伴じいー」と、キヨが口を尖らせていたのをよく覚えている。隠す気がまるで無いみたいに目が嬉しそうに笑っていた。キヨは、凄くわかりやすい。
バスから降りて、台車に製造器を置く。合宿所から近い山吹が一番乗りだった駐車場に、今はもうだいぶバスが増えている。キヨの方を見ると、案の定他校に女子マネージャーの姿が見られないので、がっかりしているようだった。なんだか、投げられたはずのボールを探してきょろきょろ辺りを見回す子犬みたいだ。
私は地面に置きっ放しだったボトルを持ち上げた。
あっバランス悪かったかも、と思った瞬間にはもう遅かった。ボトルの上に乗せていた円型の蓋は、地面に綺麗に滑り落ちる。
「あっ!」
蓋はうまく軌道に乗ってしまったようだった。車のタイヤのように青い蓋が転がっていく。
「うわっ、ち、ちょっと待って!」
蓋は、私を嘲笑っていた。
そういえば、この蓋を粗末に扱うと呪われるらしい。新渡米くんが言っていたのを唐突に思い出した。
私は、遠くなりつつある蓋を慌てて追い掛けた。
青い蓋は、蓋のくせに、逃げ足が速かった。この辺は平らのはずなのに、傾斜でもあるみたいにふらつきもせずに走っていく。
その後を、私は犬みたいに素直に追い掛けている。なんだかちょっと馬鹿馬鹿しい。蓋が倒れるまで、待っていようか。それくらいなら呪われないはずだ。
私が足を止めかけたとき、すっと、包帯の巻かれた手が蓋を拾い上げた。私の目は自然に、青い蓋を追いかけた。
青い風が、黄色のジャージをはためかせる。
私が目を上げた先には、こちらを見ている二人の少年がいた。
「はい、どうぞ」
イントネーションからすぐに関西の人だとわかったクリーム色の髪の少年が、包帯の巻かれた手を私の方へ差し出した。
しっかりと捕らえられた青い蓋は、観念してすっかり大人しい。
こいつめ、さんざん手を患わせおって。
「ありがとう!」
お礼を言うと、少年はにっこり微笑んでくれた。綺麗な人だ。
この合宿中は、他校の選手のサポートも私の仕事だった。普段は一年生に仕事を任せているところが殆どで、マネージャーを取っている学校はかなり少ないらしいのだ。
二人の着ているジャージには、見覚えがあった。去年の全国大会の会場でも、テニス雑誌でも見たことがある。
こういうときは、最初の挨拶が肝心だ。大袈裟だけれど山吹という看板を背負ったと思って挨拶しよう。
「ええと、私は三藤和香(みふじ のどか)。山吹のマネージャーだけど、この合宿では選手の皆さんのサポート役を務めさせてもらうことになってます!」
頭を下げると、二人とも笑顔を向けてくれた。
「俺は、立海の部長の幸村精市だ。こちらこそ、よろしく」
「四天宝寺の部長やらせてもらってる白石蔵ノ介言います。色々大変やと思うけど、これからよろしく頼むな」
「幸村くんと、白石くん。よろしくね!」
それにしても、二人ともユニフォームを着ていなければ、モデルだと言われてもあっさり納得してしまいそうだ。白石くんは正統派の美形で、幸村くんは中性的な美人という感じだ。親友がいたら大騒ぎしそうだなあ。
二人が少しいたたまれなさそうに目を泳がせてやっと、私は我に返った。
「あ! えと」
私は蓋を持ち直した。
「それじゃ、また後で!」
自分でもわかるくらいへらっとした笑みになってしまった。私はなんだか恥ずかしくなって、慌てて山吹のバスへ方向転換する。
しかしそのまま歩き出すより先に、幸村くんが笑ってくれた。
「また話せるのを、楽しみにしているよ」
「いつでも声かけてな」
白石くんの優しい声が続く。
私の持論だけれど、部長には優しい人が多いと思う。
私は二人に手を振って、キヨ達の方へ駆け出した。
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