コートでは既に打ち合っている選手もいた。金ちゃんが越前くんと打っていて、その奥のコートで跡部くんも越前くんとラリーをしている。どちらかが仁王くんだ。
「白石ぃ! 動き出し遅いでぇ!」
声が飛んできた。手前のコートでは、謙也くんと千歳くん、そして柳くん柳生くんがダブルスの試合形式の練習をもう始めていた。
鮮やかな黄色のボールが、グラスコートの緑を切り開くように飛んでいく。日本とちょっと違うイギリスの風の中、ラケットがボールを捉える音は変わらない。
「みんなはしゃいどるわあ」
「白石くんもね!」
ちょっと大きく一歩踏み出して、隣の白石くんの顔を大袈裟に覗き込むように見上げる。
私の*が思わず緩んでしまうのも、つい本人に言いたくなってしまうのも、仕方がないと思う。白石くんの顔に、あまりにわかりやすく楽しみでしょうがないと書いてあるのだ。
面食らったように細かく瞬きした後に、白石くんの綺麗な黒色の瞳はすっと外に逸らされた。
「……三藤さんには敵わん」
マネージャーはとても近くで皆のことを見ているのだから、皆のポジティブな表情はすぐ見つけられるのだ。それこそが、マネージャーの一番の特権だ。
結局皆が白熱した試合形式の練習を既に始めていたのを、監督たちは見守る方針にしたようだった。全員の燃えに燃えている闘志に、水をぶちまけかねないと思ったのかもしれない。
一人で全部の試合のスコアを記録するのは分身でもしないと無理なので、私はドリンクを補充して回っている。
「宍戸くん足す?」
「お、じゃあ頼む。サンキュー」
トレードマークの青い帽子は、やっぱりよく似合っている。丁度試合を終えたところの宍戸くんに、ボトルを開けてもらって補充する。ドリンク製造器は流石に抱えて持ち歩けないので、大きめのボトルに移してから選手のもとへ運んでいる。
「みんな楽しそうだねー」
「こんだけ勢揃いしてっからな」
こめかみを伝う汗を宍戸くんが袖で拭う。私も動き回っているから暑いけれど、皆は日本との気候の差なんてどうでもよくなるほどだろう。
「三藤さん」
肩を叩かれて振り返ると、不二くんの柔らかい微笑があった。
「ドリンクなくなっちゃったんだ。もらえるかい?」
「もちろん!」
「ありがとう」
不二くんはにっこりと笑みを深くした。まさに貴公子という感じだ。山吹中と青学の試合を見に来ていた親友がきゃーきゃー言っていたのを思い出す。
「三藤さんがマネージャーとして呼ばれていたなんて、知らなかったよ」
「それがね、私も前日まで知らなかったんだよ」
「どうも合同合宿のときから決めてたらしいぜ、榊監督」
「え、そうなの?!」
そのときに言ってくれればよかったのに! 肩から力が抜けていくのがわかる。宍戸くんに、たまにはそんなこともあるとばかりに軽く背中を叩かれた。前の合宿のときにも思ったことだけれど、宍戸くんはお兄ちゃんとちょっと似ている。
「そうだ三藤さん、今日の昼食はどうするのか聞いてる?」
「そういえばそろそろだ! 私聞いてないや。宍戸くん榊監督から何か聞いた?」
「なんも聞いてねーな……日本じゃ合宿所の方で用意してくれるとこ多いけどよ、海外ってどうなんだ?」
「施設によるんじゃないかな。ここは結構しっかりしているし、用意してくれるような気もするね」
「とりあえず私監督に聞いてくるよー!」
二人に手を振って、監督たちのところへ向かう。
複数のコートを見回せるところに立って、監督は選手の動きや試合展開をじっと見ていた。駆け寄る私に気づいたオサムちゃん先生がおー、と手を上げる。
「三藤どーしたー? 俺にもドリンクくれるんかー?」
「あげません! 先生すぐ横にいっぱいあるじゃないですか!」
「えー!」
オサムちゃん先生は唇を尖らせた。相変わらずいつでも声が大きい。抗議めいた視線を見なかったことにして、榊監督に向き直る。オサムちゃん先生と榊監督が並んでいるとどちらもちょっと面白く感じてしまうのだけれど、私以外に仲間はいないだろうか。
「どうした?」
「あの、本日から食事はどうするんでしょうか?」
ああ、そのことか、と榊監督は頷いた。
「今夜からは、合宿所の食堂のようなところを利用する。が、今日の昼は使えない」
「え! そうなんですか!」
「ああ。そこで昼食は三藤、お前に街まで買い出しに行ってもらう」
びしっと二本指が私に向いた。
「はい、わかりました!」
私の頭を、間髪入れずぺしっと手が叩いた。
「なーにを元気に返事しとるか! お前さん一人じゃ運べんだろうが」
竜崎先生は呆れている。
「それにな、お前さん英語は?」
「大丈夫かなって思いました!」
空港からウィンブルドンまで辿り着けたのだから、なんとかなると思っていた。そうでもないみたいだ。ウィンブルドンのセンターコートは世界的に有名な施設だから案内も頻繁に出てくるけれど、お店はそれとは大違いだと先生は言う。
「うーん」
やっぱり誰かについてきてもらうしかなさそうだ。
「お、連れてくならウチに適任おるで」
オサムちゃん先生が、山の精が被っていそうな帽子の下から、ひょっこり顔を覗かせた。
「白石連れてき。あいつ苦手教科ないっちゅう憎たらしい奴やねん。おーい白石ー」
オサムちゃん先生の視線の先で、ストレッチしていた白石くんは既に振り返っていた。オサムちゃん先生がひらひらと手招きする。
「オサムちゃん声デカイわあ。憎たらしい奴はひどない?」
「はっはー、すまん!」
オサムちゃん先生はカラッとしている。
「白石くん、一緒に来てくれる?」
「喜んで」
執事みたいに軽く会釈してくれる。冗談が様になってしまうのがさすが白石くんだった。
「ウチからも何人か出そうかね。おーい桃城、越前! 荷物持ち頼んだよ!」
「えっ、なんで俺も」
「いいからお前もだよ越前! つーかお前こそだろーがフツー!」
「ちょっ桃先輩、ギブ、ギブ!」
桃城くんに首を固められた越前くんが、しぶしぶやってくる。
「……チーッス」
「のんちゃん先輩、越前帰国ナントカってヤツだから心配ないっすよー!」
「帰国子女やな。せやったなあ、頼もしいわ」
「ほんと感謝! 感謝です!」
こうして、買い出し部隊は結成されたのだった。
頼もしいばかりなのに、何故だろう、なんだか波乱の予感がする。