あれからというもの、彼女は僕の前から消えた。
あの頃の知り合いは、皆僕の前から消えた。

僕は遂に覇道を歩む上で志としていた王となったが、コミューンにて僕は今まで踏み尽くしてきた人の心に負けた。
悪の心は、いとも容易くあの場にいた者達に折られてしまったのだ。

他人に対する嫌悪や拒否の気持ちは、いつしか自身の心すらも蝕み、暖かな感情を察知しなくなっていたらしい。
二度と会えぬと思っていた母上との再開により、より一層、僕は「普通の人間」としての心を取り戻しつつあった。

しかし、もう遅い。
あの女はあの場には顔を見せなかった。
漸く彼女…カヤの含みを持たせた言葉の真意が分かりそうだが、まだこの気持ちが果たしてそれに該当するのか確定できずにいる。
きっと、アイツの顔を見れば、答えは出る筈。
……本当に、あの月のお姫様は僕を最後まで振り回す嫌な女だ。

隠れたって無駄だ。僕は正真正銘の王、どこに居たって探し見つけてやろう。
大嫌いな、それでいて不思議な心地良さを与えた女の元へ。

7 ヒキガエルの月女神

「あらやだ、えらく貧相な召し物を着て…私に笑われに来たのかしら」
「殺すぞ」
「もう、冗談を真に受けないで頂戴……で、何用かしら」
「…………分かってるだろ」
「だから、私は貴方のように読心を心得てないの。そのへの字に曲がった口で言いなさいな」

僕達の再開の場、とっくの昔に住居を移したので今は何も無いただの河原で、彼女は1人腰掛けていた。
相も変わらずこの調子の女は、やはりカンに障るが今こうしてコイツの顔を見ると、謎の安心感がある。
そう、安心感。僕の半身やその仲間達に不意をつかれるまでは分からなかった言葉。
僕が麻倉葉王として生きていた頃から、気づけなかった精神の平静はきっとコイツが寂しさを紛らわしていたからだ。
無意識に求めていた寂しさを補う為に、賛同する者を集め野望を叶える為に歩みを止めなかった。

この女は他の奴らとはまた違ったやり方で、心の飢えを満たしてくれていたらしい。
昔と変わらぬ振る舞いや姿に、置いていかれる恐怖も少し和らいだ。
それが今まで分からなかったのだ。

「…いつも暇つぶしに付き合わされて、僕は嫌だった」
「それで?」
「ちっちぇ存在の癖に、いいご身分で振り回すお前が僕は大嫌いだ」
「……ふぅん。あなたが見つけた結論はそれだったの?」
「五月蝿い。…ハッキリ言うと、まぁ僕はお前の事は嫌いだけど、お前の顔を見ると、その、安心する」

こうして正直に心中を顕にするのはどうも慣れない。
柄にもなく照れる僕を見たアイツは、またあの耳障りな笑い声でけらけらと笑い始めた。

「あ、あなた本当にどうしたって言うのかしら…面白すぎるわ……見ない間に随分改心したのねぇ」
「笑うな!あぁもう!!この僕が直々に出向いたってのに」
「ごめんなさい。とっても珍しかったから」
「…ほんと、いいご身分だ」
「でも嬉しいわ。こうして答えを見つけて、会いに来てくれて、私も寂しかったの」

そう言うとコイツは立ち上がり、優しい手つきで僕の掌を握る。
温かい手だ。あの月夜では拒否ばかりしていたものだから、感じる事が出来なかった体温を、今改めて知った。

「私、元は月の者ですから普通の子とは違った表現をしがちなのよね」

月の者だからという言い訳は無理があり過ぎる。それはコイツの生来の性格だろ。全月の民に謝れ。
馬鹿な御託を並べながらコイツは身体を前に出し、顔を近づける。
何も至近距離で話す意味はあるのか。

「あなたは嫌いでも、私は好きよ。あなたと同様、私も嫌いだけど好き。ずっと前から。だって、これ程までに面白い人居ないもの」

胡散臭い笑顔で述べた後、この女は静かに、僕の、頬に口付けを落とした。
…なにを、しているんだコイツは。

「ほら、やっぱり面白い」

予想外の行動により、驚く姿を見たカヤは満足気な顔でまた笑った。
prev もどる next