翠玉

リゼルグの家には、子供が読むような書籍は一切置いておらず、独居の男が過ごしやすい家具や嗜好品ばかり乱雑に置かれていただけだったので、エリオを引き取った日からはエリオ好みの衣服や玩具、足りない物を随時買い揃えていた。暇潰しの為にと児童書や絵本も沢山彼女にプレゼントした。娯楽が乏しくなると心まで乏しくなる。少しでもこの生活が辛いと思われないよう、リゼルグは色々と機転を利かせ動いていた。

なぜこうして家の中でエリオの全てを満たそうとさせているのか。件の事があって暫く経ったが念の為だ。リゼルグが同伴でない限りエリオは外出しないように徹底していた。彼が仕事等でどうしても家を空ける時は天使の名を冠した持ち霊に、巫力を与えならず者の奇襲に備える程彼女を確実に護り通すと確固たる意思で生活していた。
悪くいえば軟禁生活に似た暮らしというのはリゼルグも感じていたし、それに対して自身の優しい心が握られるような気持ちになる。
けれど、彼女はまだ何も知らない小さな女の子だ。だからこそ悪い奴らはハイエナのように浅はかな考えで弱きものを先に攻撃するはずだ。
第一、このような生活になってしまったのもエリオの母を仕留めた集団のせいだから、この近辺に潜んでいる奴らを全員始末してしまえばエリオは少しくらいのお出かけだって気軽に行けるようになる。
そう、始末してしまえば。粗方の目星はもう付いているので後はタイミングを待つのみだ。
ソファに腰掛け新聞を読むリゼルグは先程からエリオの母の仇のことで頭がいっぱいだった。新聞の内容なんて全く入ってこない。
顔を顰めコーヒーを啜っていると、エリオが今の彼の表情とは正反対の朗らかな、ふにゃふにゃとした笑顔でリゼルグの名を呼び駆け寄ってきた。

「リゼルグさん、この前買ってくれた本、よんでもらっても大丈夫?」
「あ…あぁ。勿論大丈夫だよ」
「えへへ。ありがとう!リゼルグさん」

綿菓子を溶かしたような、子供特有の柔らかな表情でいそいそとリゼルグの膝上に座る。共に何かを読む時はいつもそこが定位置で最近はお決まりのように何も言わずとも腰掛けてくれるようになった。
自身の胸元より少し下にある小さな頭を撫でながら、開かれたページの文を読み上げると嬉しそうにくすくすと笑ったかと思うと、「あっ」と突然大きな声を出して体を跳ねさせた。
一瞬何をどうしてそうなったのか、リゼルグは訳が分からず目を白黒させた。
当の本人はそんな彼の事をお構い無しに膝から飛び退いて自身の宝物がたくさん入った玩具箱に向いまた直ぐにリゼルグの元へ戻ってきた。

「この本の最初、妖精さんが出てきたよね!?」
「……えっ、あぁ…そうだね。なにかあったの?」
「ねぇリゼルグさん、この宝箱あけてみて!」

妖精という言葉に思い当たる節があるが、そんなまさか。とリゼルグは思った。しかし嫌な予感がする。
恐る恐る宝箱と化したジュエリーボックスを開くと、見慣れた彼女が悲しげな顔して狭い所に押ししまわれていた。あまりにも可哀想なので直ぐに取り出すと、ケシの花の妖精は機敏な動きでリゼルグの背後に隠れた。

「あっ!妖精さん!!」
「エリオ、この子が視えるの?」
「うん、さっきね、鳥籠の中に居たから捕まえたの。妖精さんはすぐにげちゃうって別のお話で読んだから、捕まえちゃった」
「…………そうか。キミも、シャーマンの…」

エリオは母の力を継いだ。あの世とこの世を結ぶ不思議な力は、運命の歯車と相性が悪いのか直ぐにふとしたことで自身の生きる道が途絶えたり、おかしな方向に向かってしまいがちになる。
エリオの能力はきっとまだ、芽吹きもしない種の状態。この状況でシャーマン能力を発現させるのは非常にまずいのではないかとリゼルグは考えたが、そんなエリオの心配より今1番にすべき事は背後で不貞腐れている長年の付き合いである友を慰める事だった。
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