つまらない恋の話
¬1


ウィンブルドンが始まる、初夏のロンドン。
昼の熱気とは裏腹に、夜になると涼やかな風が街を包んでいた。跡部財閥の出張一行が滞在する高級ホテルの一室は、静寂に満ちていた。重厚なカーテンが閉め切られ、間接照明が控えめに暖色の光を灯す。そして広々とした部屋の中央にキングサイズのベッドが鎮座していた。



名字名前は、スーツ姿で椅子に腰掛け、手帳を開いていた。ホテルのWi-Fiにタブレットを繋げ、社内連絡の内容をメモ書きで埋め尽くされたページの隙間に書き留める。
ふわりとワインの香りが漂い名前の鼻を掠めた。少し離れたソファに、跡部景吾が深く座っていた。少量のワインを薄いグラスに注ぎ、ゆらりと傾け香りを舞わせる。

「スケジュールの確認は終わったか?」
跡部はグラスをサイドテーブルに置き、口を開く。
「はい。明日は8時にホテルを出発。現地にて大会主催者と打ち合わせ。その後Cコートにて調整です。問題ありません。」
名前の言葉は的確で冷静だった。手帳を捲る紙の音が広い部屋に響く。跡部はひとつ頷き、立ち上がった。同時に名前は手帳を閉じる。

「最近、越前がやけにお前を目で追ってるな。」
ネクタイを緩めながら跡部は言う。

「そうですか。」
静かに答える名前の顔に影が落ちる。

「満更でもなさそうじゃねえの。」
跡部もまた口調と裏腹に表情は静かで、名前は見下ろすその目を見ることなく、視線を伏せた。

「ええ。あんな素敵な方に好きになってもらえたなら、幸せでしょうね。」


跡部は名前の腰掛ける椅子に手をかけた。
背もたれが小さく軋み、跡部の指が、名前の美しくまとまる髪を解いた。
















事は終わるも、二人は余韻に浸ることはない。跡部は早々にベッドを降り、バスルームへと姿を消した。

「明日からまた忙しくなる。準備怠るなよ。」
「承知しました。」

名前は事務的に答え体を起こした。髪を軽くまとめ、部屋を出る準備をする。カーテンを閉め切ったホテルの一室。ロンドンの夜景から隠れた二人の夜は、淡々と、いつも通りに終わった。


≪前 | 次≫
←main