二
真人は窓枠から足を外に投げ出して、すぐ出られる体勢をとった。
子供は今にも破れそうなボロのリュックに、ガラクタを詰められるだけ詰め込んでいる。
「早くしてよ〜」
「ちょっと待って!」
真人は待つのが好きではない。退屈だからだ。子供が小さい体で狭い部屋の中をばたばたと動き回っているのは面白くないこともないが、飽きないものでもない。
子供が抱えているリュックサックは、よく見ると大雑把な継ぎはぎだらけだった。
「それも自分で作ったの?」
「ううん、これは違う。お店の前から盗んできた」
「へ〜え。そんな度胸あったんだ」
「盗みくらいできるよ! すぐバレるからお店の中のものは取れないけど」
真人はこいつどうやって飯を食っているんだろうと不思議に思った。頭のてっぺんからつま先まで、綺麗なのは目玉くらいではないかと思うくらい汚らしい風貌である。通りを歩くだけでもかなり目立つだろう。ましてや飲食店なんて門前払いに違いないし、身寄りのない子供を哀れに思ってタダ飯を食わせてくれるような物好きも少ない。だからこんなに痩せっぽちなのだろうか。
「お待たせ!」
「女は準備が長いってほんとだったんだね」
「なに?」
「映画ってすごいなってハナシ」
子供が背負ったリュックの肩紐は重みで今にもちぎれそうだったし、粗い継ぎはぎの隙間からさっきの鉄砲の憎らしい顔が飛び出していた。真人は顔をしかめて、「ほんとにそんな持ってくの?」と聞くと、子供はなぜそんな当たり前のことを聞くんだという顔で頷いた。なんでだよ。その鉄砲絶対使い道ないだろ。
「じゃあ、連れてってあげる」
「うん!」
子供はにこにこと上機嫌であとをついてくる。遠足気分なのだろうか。
「言っとくけどさあ」
「ん?」
「お前、さっき人殺したんだよ?分かってるだろ?」
「……」
「よくそんな楽しそうにしてられるね。お前もイカレてんじゃないの?」
真人は初めて出会ったときのように子供の顔を覗き込んだ。あのときの子供の悲壮な顔を思い出す。真人の口角がおのずと引き上げられた。
子供は俯いて斜め下に視線をやり、いじけたような様子で「わかってるよ……」と呟いた。
「何が?」
「次は失敗しないようにする」
真人は面食らった。こいつ、思ってたより面白いかもしれない。
あのときショックを受けて動揺していたのは、人を殺してしまったからではなかったのだ。
自分の自信作が、予想していた結果に至らなかった。この子供にとっては、それがショックでしかたなかったのだ。
真人は声をあげて笑った。子供はぎょっとしたが、真人は構わず、「楽しみにしてるよ」と言って背を向け、歩き出した。
***
真人は、ごく普通のアパートに入っていった。
子供は真人の後ろについて町を歩くうちに、ほかの人間には真人が見えていないことに気がついた。さっきまで自分と同じくらいの背丈の子供の姿だったのに、今は出会ったときと同じ、大人の男の姿になっている。子供は目の前の男がこの世のものではないことをようやく悟った。
「ねえ、名前何ていうの? 名前、あるの?」
「あるよ。真人。真の人間って書いて、真人」
「……?」
「あれ、漢字分かんないの?」
真人は階段を登り、廊下を歩き、とある部屋の前で止まって「ここだよ」と言った。鍵はかかっていないようで、真人がドアノブに手をかけるとドアは開いた。
真人は中に入るよう促したつもりだったが、子供はいつまでも真人の後ろから動こうとしないので、仕方なく自分が先に入って、「ほら」と声をかけてやった。
「……あれ?」
子供は一歩踏み入れて、目をまん丸にして固まってしまった。
そこはありふれたアパートの一室ではなかったのだ。水平線が見渡せるほど広大な南国の海が広がっていた。白い砂浜は、燦々と降り注ぐ太陽の光を反射して眩しいほどに輝いている。後ろを振り返ると、何もないところにドアだけが浮かんで立っていた。
「いいでしょ? 俺の仲間の呪霊の領域なんだ、ここ」
「じゅれい」
「そう。俺みたいなやつのこと」
「真人じゃなくて?」
「それは名前。呪霊は……そうだなあ、人間、とか猿とか、そういう……種族? の名前だと思ってくれればいいよ」
「ふうん」
「ほんとに分かってんの?」
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