Chapter8 〜修練〜

それから二日経った。
それは、玲が創造した洞窟の中での話であって。
瀞霊廷では全て併せても約五時間という短い時間。
けれど、時空が捻じ曲がっているそこでは、体感時間は正しく二日だった。
一向に目を覚まさない冬獅郎と白哉を気に掛けていた玲が、徐々に纏う雰囲気を変えていた。
鬼道の集束率と転換率を上げる為に修行を続ける彼等が話し掛けても、綻ぶように笑う事が無くなった。
何処か疲労の色が濃い彼女が、何に堪えているのか、死神達には分からない。
詳しい事情を知らない彼等は、只気を紛らわすかの様に無言で的を砕いていく少女を見守る事しか出来なかった。
「…卯ノ花。どう見る?」
休憩していた浮竹が、離れた場所で鬼道を放ち続ける玲を見つめてながら呟いた。
救護詰所を取り仕切る、病人を見る事に長けた彼女に話を振るのは、それだけ彼女の様子が普通では無いからだ。
徐々に光を失っていくかの様な琥珀の瞳は、ずっと遠くを見据えていて。
「…恐らく、睡眠を取っていらっしゃらないのではないかと」
視線の先の少女の身体に、体調不良による異変は現れない。
それは、彼女の斬魄刀が、その不調を全て癒してしまうからだ。
けれど、人にとって眠る事は身体の休息だけでは無い。
いくら疲れていなくとも、一睡もせず動き続ければ、心が疲れてしまう。
そして彼女の精神は、自分達が思っているよりもずっと脆いか、それとも何か過負荷が掛かっているのでは無いか。
それが卯ノ花の見立てだった。
しかしそれを予測してしまったが故に、彼女が何故眠らないのかが分からない。
仮に心が脆いのならば、自身でそれは理解出来るはずだ。
人は現実に耐え切れなくなると、眠る事で意識を逸らそうとする。
つまり、身体が疲れていなくとも、心が疲れていれば自ずから睡眠を取るはずなのだ。
「…詳しい事は分かりません。恐らく朽木隊長や日番谷隊長ならば何かご存知でしょうが…」
「いつ目を覚ますか分からない、か」
それを側で聞いていた京楽も、いつもの様に茶化さない。
桃とやちるが、懸命に玲に構ってはいるものの、会話の中で時折壊れそうな笑みを浮かべるだけ。
それは、何かに必死に耐えている様に見えた。
更木ですら、今の玲に斬りかかる事はしない。
何故か、受け止めもせずに倒れてしまう様な、儚さを感じさせるから。
「チッ…叩き起こすしかねぇだろ」
徐ろに席を立った更木に、卯ノ花が目を見開く。
「叩き起こすって…日番谷隊長と朽木隊長をですか?」
「他に誰が居るんだ。そもそも彼奴らが馬鹿な事した所為であの女があんな風になってるんだろうがよ」
確かに彼の言う通りなのだが。
未だ眠っている彼等は昏睡状態だ。
普段の様に声を掛ければ起きるような、そんな簡単な話では無い。
「私も様子は見ましたが、彼等の状態は通常の眠りとは訳が違います。無理に起こして日番谷隊長と朽木隊長に負荷が掛からないとも言い切れません」
「なら、ほっとくのか?壊れそうだぜ、あの女」
傍目から見れば、桃とやちるに指導しているようにも見えるのだが。
良く見ていれば、彼女の瞳が時折光を無くす。
虚空に視線を投げて、空虚さに耐えるように。
男性ならば抱き締めたい衝動に駆られ、女性ならば酷く胸を締め付けられる。
そんな瞳。
けれど、京楽や浮竹は玲に触れる事が出来ない。
撫でて安心させてやる事が出来ない。
交わされてしまうのだ。
何気無い言葉と、笑顔で。
更木にそんな気はさらさら無いし、狛村は意気消沈している。
桃ややちるが抱き付いても、それはじゃれ合いと変わらない。
何の変化も見られない。
その場の隊長達は揃って溜息を零す。
どうにも出来ない歯痒さを逃がすかの様に。
一人の少女が纏うその雰囲気は、その場にいる全ての死神達の心を重くしていた。
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