Chapter10 〜予兆〜





そして、予定よりだいぶ早く帰って来た私は、五番隊隊主室でお茶を飲んでいた。


「桃、お茶淹れるの上手ね」


「本当?!ありがとう。これ、お茶菓子ね。朝日堂の新作焼き菓子なんだよ。食べよ」


そう言いつつ桃が持ってきたのはどう見てもクッキーで。


「ねぇ、朝日堂って何処の系列?」


「多分朽木隊長のかなぁ?どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


白哉がこれを食べたのは修練場所でだけだったはず。

彼が味覚に敏感なのか、それともいつの間にか持って帰って試作させたのかは定かじゃないけれど。

何だか、流石だなぁと思ってしまう。

この分じゃ、尸魂界に洋菓子店が出来る日もそう遠くないのかもしれない。

なんて少し嬉しくなりつつ、クッキーを口に運ぶ。


「そう言えばこの味、玲ちゃんが修行の時出してくれたお菓子にそっくりだね」


「そうだね。こっちにもこんなのあったんだね」


くすくすと笑いながらお茶を楽しむ。

今更桃に鬼道を撃ち込むなどとうてい出来そうに無かったのでそれは早々に諦めた。


その後、書類を片付けつつ、今日の抜き打ちテストの話をすれば、彼女も修行には参加するらしく。

結局少し顔出すぐらいはしなきゃいけないんだろうなと息を吐いた。

そう言えば彼等の中に調理が出来る人は居るのだろうか。

また向こう時間で十日も篭るつもりなら、食材だけ補充しても悲しい結末になり兼ねないのだけれど。


「そう言えば桃、料理出来る?」


「うん、シロちゃんとお婆ちゃん手伝ってたから少しぐらいなら」


そう言えば彼とこの子は幼馴染なんだっけ。


「そっか。七尾も出来そうだし、大丈夫…かな?」


「あ、そっか。向こうでのご飯、前は玲ちゃんに頼りっぱなしだったもんね」


「そうね。冬獅郎みたいに、主夫スキルある人が居るとも思えないし」


「しゅふ…?って、女の人の事じゃないの?」


そう言えばこの単語、現世での新用語だっけと思い出し、白紙の紙に漢字を書いてやる。


「これで主夫。端的に言えば、家事を熟す男の人って事」


「へぇ、凄い!面白いね」


何がとは突っ込まない。

彼女にとっては新鮮なのだろう。


「昨日冬獅郎、ローストビーフ作ってたよ」


「ろーすとびーふ?って何?」


「前に修行場所で何度か私が洋食作ったでしょ?それが気に入ったのか、唯の負けず嫌いなのかは分からないけど。現地の料理本届けさせて、解読して、昨日作ってくれたの」


「えぇ?!凄い!見たかったなぁ。玲ちゃん愛されてるね」


「愛…?」


また、分からない言葉。

理解出来ない感情表現。

私の反応で、桃は何となく理解したのか、残念そうに目を落とした。


「ねぇ、玲ちゃん。乱菊さんとシロちゃんが一緒に楽しそうに歩いてたらどう思う?」


「乱菊と冬獅郎は隊長と副隊長だよ?よく見かけるけど」


「あ、そっか。じゃあね…あ、伊勢さんとシロちゃんが手繋いでたら?」


提示された架空の話を想像して頭に思い浮かべてみる。

恥ずかしそうに手を引かれる七緒と、昨日の悪戯に笑う冬獅郎が歩いてたら。


「…なんか、もやもやする…かな?」


そのもやもやが不快で嫌だと思う。

けれど、その感情を表す言葉が見つからない。

霧に隠された様に。


「玲ちゃん、それ、嫉妬って言うんだよ?相手の事が好きだから、他の異性と仲良くして欲しくないの」


桃の言葉を聞いた途端、ずきんと頭が痛んだ。

軽い頭痛じゃなくて、頭蓋が割れそうなほどの強い痛み。


「っーぃた」


思わず頭を抱える。


「玲ちゃん?!」


痛みの所為か呼吸が上がって、力が抜ける。

まるで考える事を妨害する様に。

どんどん痛みが強くなる。


「は、…はぁ、っー」


「ごめん、ごめんね、玲ちゃん。余計な事言って。卯ノ花さん、呼んでくる!」


泣きそうな顔で謝罪してから、離れようとする彼女を引き留める。

これは回道でどうにかなるものじゃないから。

世界が、理解を拒絶して起こった痛みだから。

意味が無い。


ふっと薄れていく意識の中で、桃が泣いているのだけは分かった。

瞬間、どくりと脈が強く打つ。

月読が、目を覚ます。

私は必死に口を動かした。


「とーしろ、と、びゃくや、呼んで。急いでっ」


「え、うん、分かった!」


何が何だか分からないまま、桃は頷いて部屋を飛び出して行った。

霊力を可能な限り封印して、私は必死に意識を保つ。

けれど、天照が月読に飲まれて。

心を闇が支配して。

私は意識を失った。


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