Chapter3 〜特別〜





あの後、白哉は着物も浴衣も髪留めも買ってくれて。

死神ですらなくて、お金なんて持っている訳もない私は、いつか絶対返すからと白哉に約束を取り付けた。

彼は贈り物だと引いてくれなかったから、それはもう、一方的に。

そして、夕方。

屋敷に戻って、夕食前の入浴中。

此処は好き。

私の部屋にはお湯を張れる湯船は無くて。

大浴場はあるらしいのだけれど、何処と無く行き辛い。

此処だと一人でどんなにぼぅっとしていても、文句を言う人は居なくて。

ふっと頭に靄が掛かって、また長湯し過ぎたのだと、反省しながら石造りの湯船から上がる。

身体と髪を適当に拭いて、浴衣を着て外に出れば、自分よりずっと体格の良い身体とぶつかって。

視線を上げるより先に鼻を掠める香りで誰だか理解した私は、大人しくその腕に収まった。


「また逆上せたのか…」


呆れ混じりに掛けられる言葉に謝って、手拭いで髪を拭いてくれる手に目を閉じる。


「部屋に戻るか、玲。歩け…ないな」


遠くで白哉の小さな溜息が聞こえたけれど、目を開くのが億劫で。

ふわりと身体が浮き上がる感覚に、なんの違和感も覚えずに、私は無意識に優しい香りに擦り寄った。


ふと目をさますと、髪はきちんと乾いていて布団の上に寝かされていた。

掛けられた暖かい羽布団にまた潜り込みたくなる衝動を堪え、身体を起こすと、漆黒の瞳と目があった。


「んと…あれ?」


「意識が戻ったか。其方、暑さには酷く弱いのだな」


そんな白哉の言葉で、自分がどうして布団の中にいるのか思い出す。

お風呂で逆上せて、上がったら白哉が居て。

髪を拭いてくれる手が心地良くて、そのまま意識を手放したような…。


「…ごめんなさい」


「今日は謝ってばかりだな」


ふっと小さく笑う白哉が、頭を撫でてくれる。

滅多に笑わない彼の笑顔を、目に焼き付けて、徐に抱き着いた。

暖かい、彼の香りが鼻を掠めて、安心する。

そこへ、知らない気配が近づいてきて、襖の向こうで膝をついた。

白哉の手が私の頭を一つ撫でて、そっと身体を離させる。


「兄様」


「入れ」


白哉の放った声は何時もとは違って冷たくて。

けれど、何処と無く迷いがあった。


「…失礼します」


「何だ」


礼儀正しく襖の開いた少女が私の存在に目を見開いて。

しかし、白哉の声にはっと我に返って頭を下げる。


「私はこれより、現世での任務に就くことになりました」


「…そうか」


素っ気ない白哉の返事で沈黙が降りる…間も無く。

私は入ってきた少女のそばに飛んで行った。


「現世?!」


「は…はい」


「いいな…私も行きたい」


正しく喫驚した表情を浮かべる少女に、私は笑顔で心情を吐露していた。


「玲」


嗜めるような白哉の声で、しゅんと項垂れる。

私は死神ではない。

現世行きなど許可されるわけもなく、また勝手な行動も厳しく見られる。


「うぅ…分かってるもん」


最近言葉が子供っぽくなっているのは、多分気のせいじゃない。

八割以上白哉の子供扱いの所為な気はするけれど。


「…お爺ちゃんに交渉してみよ」


ぽつりと呟いた私に、少女がはっとして声をあげる。


「貴女は…瑞稀上官では?」


瑞稀は確かに私の苗字だ。

冬獅郎のくれた大切な。

けれど。


「…上官って何?」


知らない職種が付いていることに、私は首を傾げた。


「上官…では無いのですか?先日、風のように現れ、あっという間に席官となった目を疑うほど美しい女性の方だと…隊内で噂になっております」


所々尾ひれ付いてるその噂の人物が、何故私だと思ったのか激しく問いたい。

けれど、その前に。


「白哉、私いつ席官になったの?」


「なって居らぬな」


「だよね?」


見張りを付けている人間を、本人の了承も無しに席官に何て、あのお爺ちゃんがするわけ無い。


「では、あの噂は…」


「…死覇装を着て、私や砕蜂、日番谷なんかと常に一緒にいれば、そう噂されてもおかしくはない」


それが例え見張りでも、周りには楽しく会話している様にしか映らないのなら。

その通りかもしれない。

実際白哉なんてわざわざ休暇を取って、休日を私の為に使ってくれている。

それが只の見張りだなんて思えなくなってるのは私も同じで。


「…まぁ、いっか」


噂なんかに物申しても意味が無いと割り切った私は、勝手に思考を切り上げた。


「それより、朽木ルキアさんだよね?十三番隊第五席の」


「私をご存知なのですか?」


「そんな堅苦しい言葉使わなくていいよ?私、死神ですら…むぐ」


ないんだから、と続けようとしたが、後ろから伸びてきた白哉の手に口を塞がれる。

なんで、と目で訴えるも、彼は何も言わずに首を振った。


「余計な事を言うな」


仕方なくこくりと頷くと、手を離してくれる。


「…え?兄様?」


不思議そうに私達を見つめるルキアに、誤魔化すように笑って。


「兎に角、玲で良いからね。ルキアちゃん」


「は?!その様な…「いいの!」玲…殿」


尚も敬称は外してくれないルキアに、悲しくなって、後ろを振り返る。


「…むぅ。白哉ぁ…」


涙目で彼を見上げると、察してくれたようで、すっと瞳を逸らされた。


「…ルキア。玲と呼べ。敬語も要らぬ」


「兄様…まで…」


ちょっと絶望的な声をあげたルキアは、すっと目を閉じるとがらりと雰囲気を変えた。


「分かった。玲と呼ばせてもらう。だが、私の事もルキアと呼んでくれぬか」


「うん!わかった、ルキア!」


嬉しくなって飛び付いた私を見て、ルキアが顔を赤く染める。


「に、兄様!なんですか、この可愛い生き物は!」


悲鳴染みた声を上げるルキアと、視線を逸らして何かを堪える白哉。

生き物って、なんか酷いと思うんだけど。

そんな事を言いながらも抱き締めてくれるルキアの香りは、何処と無く白哉と似ていて。

義兄妹なんだな、と実感した。


「…ルキア、何時出る?」


「今宵、数刻後に」


「…そうか」


なんとなく、会話を聞いていて、白哉が言いたいことを察した私は、


「じゃあルキアもご飯一緒に食べよ」


彼女を見上げてそう、誘っていた。


「…兄様。私、今男に生まれなかったことを激しく後悔しております」


「…玲。戻れ」


「え?なんで?」


「あぁ!玲、行くな!」


そんなこんなで。

一緒にご飯を食べたルキアに、最後の最後で気を付けろ、とだけ言った白哉と、嬉しそうに頭を下げたルキアを微笑ましく見守って。

ルキアは現世へと赴いた。


「…礼を言う」


それを見送って、ぽつりと呟かれた言葉にくすりと笑って。


「白哉、不器用なんだね」


「…未だ、どう接していいか分からぬのだ」


少し目を伏せた白哉をそっと撫でて、何時もと逆だね、なんて笑いながら。

当たり前のように、同じ布団で眠りに就いた。



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