翡翠の鎖




ふわりと風が吹いて。

庭の木々が葉を揺らす。

初夏に当たる今の風は、暖かさを孕んで心地いい。


書類を配り終え、十番隊隊舎に戻ろうとしていた私は自然足を止めた。


季節の花が風に揺らいで、その儚さに目が離せない。


暫くぼぅっとしていたのだろう。

近くに人の気配を感じて振り返った。


「何してんだ、こんなとこで」


怪訝そうに私を見遣るのは、顔に69の刺青が入った男性。

九番隊副隊長の檜佐木修兵だった。

私には強面にしか見えないのだけれど、どうも彼はモテるらしい。

女性死神達が、廊下で騒いでいるのを良く見かける。


「少し、風に当たっていました」


薄く笑みを貼り付けて言葉を返すと、彼はくっと眉間に皺を寄せる。

まるでうちの隊長の様に。


「お前霊圧消してたろ。無意識か?」


その言葉で、私は限りなくゼロに近い自身の霊圧に気付いた。


「その様ですね」


自分の癖に微苦笑して、普段通りの霊圧に戻す。

霊圧を消すのは、人に目を付けられたく無いからだ。

只でさえ自分の容姿が目立つ事を知っているから。

特異な力までも、人に気付かれたくは無い。


「教えて下さって有難うございました。では、失礼します」


仏頂面の副官にすっと頭を下げた私は、隣の十番隊隊舎へと足を進めた。

すれ違う男性隊員達の下心の篭った視線を交わしながら。

執務室に戻ると、出る前には殆ど片付いていた筈の机に書類の山。

また嫌がらせか何かなのだろう。

特に何もしては居なくとも、私の紫紺色の瞳はやっかみや畏怖の対象となる。

黙って自席に着いた私は、本来自分の仕事で無いそれを黙々とこなして行った。

しかし、時間は既に酉の上刻(17時頃)。

書類整理は得意な方でも、定時までは後半刻も無く。

間に合う、筈がなかった。



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