黒曜の気紛れ




私は罵声を吐きながら周囲を囲む女性死神達を見て小さく息を零した。

今回は何が気に障ったのだろう。

昨日松本副隊長に連れられて行った飲み会に、檜佐木副隊長と阿散井副隊長が居たことか。

其れとも一昨日、浮竹隊長にお茶菓子をご馳走になった事か。

其れとも…つらつらと記憶を手繰り…きりがないので止めた。

六番隊の八席でしか無い私は、何故か隊長、副隊長との繋がりが多い。

意図して媚びているわけでも、訪ねている訳でも(書類を持って行く際は仕方ないとして)無いのだけれど。

何ならお願いだから普通に、極普通に接して欲しいと願ってさえいるのだけれど。

髪と目の色が目立つ私は、彼等の前を素通り出来ない。

ほぼ確実に呼び止められる。

そして、只の席官の私が、何かに誘われて簡単に断れる訳もない。

それを、媚びていると受け取っているのか、はたまた理解した上で、嫉妬に駆られての八つ当たりなのか。

目障りだとか、烏滸がましいだとか、死神を辞めろだとか。

果ては、生きている資格なんてないだとか、今すぐ死ねだとか。

存在すら否定する罵詈雑言にも最早慣れ。

聞き流していると、身体に走る衝撃。

素手で殴り掛かって来るのを見ると、まだ理性は有るのだろう。

一度、斬魄刀を始解までさせた時は、流石に死ぬかと思ったけれど。

とりあえず霊圧で身体を覆って、酷い怪我は負わない様に対処する。

かと言って、反撃なんてしないけれど。

こんなくだらない事で騒ぎを起こしたくはないし、気に掛けてくれる隊長達を煩わせたくも無い。

気付かれない程度に身体をずらして威力を逃して、相手の気が済むのをひたすら待つ。

けれど、何時まで経っても暴行は止まない。

そろそろ息が切れてきて、避ける気力も無くなってきたのだけれど。

飽きてくれないかな。

そんな思いで目の前の女性死神を見遣ると。


「あんたのその目が!腹立つのよ!」


そんな叫びと共に繰り出された白打は、思ったよりも霊力を帯びていて。

しかも目立たない身体ではなく思い切り顔を殴る軌道で。

また欄干から落ちたとか、下手な嘘吐かなきゃならないのかなんて諦めて、目を閉じた時。


「何をしている」


厳しさをそのまま声にした様な。

指一本動かす事を躊躇わせる程の霊圧の篭った声。

ピタリと動きを止め、途端震え出した女性死神達を一瞥してから、声の主へと視線を向ける。

冷たい、黒曜の瞳と目が合った。

頭を下げなければいけないのだけれど。

どうも今の私の身体は言う事を聞いてくれそうに無くて。

そのままがくりと膝が折れて、咳き込むと、手にべったりと血が付いた。

肋骨が何本かやられたらしい。

今日何時もより酷かったもんね。

すっと意識が薄れた時、ふわりと白梅の香りに包まれた。


「よもや只で済むとは思っていまいな」


すぐ側で背筋を凍らせる様な冷たい声がして。

女性死神達が悲鳴をあげるのが遠くで聞こえた。


「去ね」


言葉だけで人が殺せるのではと錯覚させる程の冷たい霊圧。

そして、怯えながら慌てて去っていく女性死神達の霊圧。

ほっとしたのも束の間、また、血がせり上がってきて、咳き込みそうになるのを堪えた。


「隊、長。お召し物が、汚れてしまいます」


必死に腕から抜け出そうとするのだけれど、彼はそれを許してはくれなくて。

結局、ごぼりと口から血が溢れ、意識が遠退いた。



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