黒曜の気紛れ

救護詰所から解放された私は、いつもの様に事務仕事を終えて、重要書類を各隊に配布していた。
けれど、何時もなら何か声を掛けて下さる隊長副隊長達と視線が合わない。
直接渡さなければいけない書類も、生返事が返ってくるだけで。
何か、失礼な事をしただろうかと思い悩むも、同じ様な態度の者が複数居るのだから、思い当たる節などない。
飽きられた、のかもしれない。
只、珍しい色を持って居たから、気紛れに興味を向けられていただけ。
そう割り切れば、其処まで胸が痛む事も無かった。
隊舎ですれ違った黒曜の人が、存在を否定するかの様に一瞥すらくれなかった事も。
痛くなんて、無いはずなのに。
隊長や副隊長達と会話らしい会話をしなくなっても、女性死神達は毎日の様に姿を見せる。
前回、大怪我をさせられた死神達は見なくなったけれど、現れるのは毎日、違う顔。
なのに、彼女らは口を揃えて言う。
隊長達にすら愛想を尽かされたのだと。
私は存在する意味など無いのだと。
毎日毎日、同じ様な台詞を繰り返す。
以前は聞き流せていた罵倒も、自分が何処かで認めてしまえば、こんなにも心に刺さる物だと、初めて知った。
私が騒ぎを起こすのを嫌っていたのは良くしてくれる隊長達に迷惑を掛けたくなかったからで。
視線すら併せてもくれない他人の為に心を砕く必要は、最早無い。
気付けば、容赦無く言葉の刃を投げ付ける死神を睨み付けていた。
普段抑えている霊力が、目に見えるほどに溢れ出す。
此れで誰かに咎められれば。
私はこの場所を去ろうと思った。
自分で自分の存在を認められなくなってしまった私に、居場所などある筈が無いのだから。
今まで私を殴り倒してきた彼女らが、初めて恐怖を露わにした。
だからといって、彼女らと同じ事をする気は無かった。
霊圧を上げて脅せば消える。
これ以上、心を切り裂かれる事は無い。
そう、思ったんだ。
自分の周りに各隊の隊長達が瞬歩で現れるまでは。
彼等が来た瞬間、諦めにも似た感情に支配された。
まだ何もしてはいないけれど。
他人の目から見れば、これはあの死神達と変わらない様に映るのだろうと。
けれど。
「漸く、吹っ切れたか」
そう言って黒曜の瞳が薄く笑みを湛えて。
するりと髪を撫でてくれた。
私は状況を理解出来ずに目を見開いて固まっていた。
怒られるとばかり思っていたのに。
「やぁっと変な気遣い止めてくれたねぇ。こちとら君の事無視するの大変だったんだよ?」
やれやれと息を吐く京楽隊長に。
「瑞稀、済まなかった。あまりにも君を妬む死神が多くてな。君自身が追い払ってくれないと、如何にもならなかったんだ」
危害を加えていた全ての死神に処罰を下すと隊が回らなくなる程だったと、説明してくれる浮竹隊長。
「くだらねぇ気を使ってんじゃねぇよ。あんなもん、現行犯じゃなきゃ抑えらんねぇんだからな」
不機嫌そうに眉根を寄せる日番谷隊長と。
「あ〜ら、良いじゃないですか。やっと玲が自分の感情に素直になったんだし。ね、玲。何時までも我慢してちゃ駄目よ?死神だって心壊れちゃうんだからね?」
そう言ってぎゅっと抱き締めてくれる松本副隊長。
他にも檜佐木副隊長や阿散井副隊長が腰を抜かしている女死神達を縛道で縛り付けていて。
「私…っ隊長達に飽きられたんだって…珍しいから、ちょっと気に掛けてくれてただけなんだって、思って…。もう要らないんだって、なら、もう追放されたって良いやってそう、思って…」
それぐらいの覚悟が無いと、霊圧の解放なんて出来なかった。
目の奥が熱くなって、涙が止まらない。
心を殺そうとしていたのに、もうそんな事出来そうに無くて。
「お前…そんなんで追放されてちゃ、死神なんか居ねぇぞ?」
呆れた様な少年隊長の声の後。
ふわりと白梅の香りがして、耳元でやれやれと息が溢れた。
「誰も其方を必要無いなどと思っては居らぬ。只、其方が迷惑を掛けまいとする事が、何より枷だったのだ」
その言葉は、私の居場所を示してくれる様で。
恐る恐る伸ばした手を、彼はしっかり掴んでくれた。
「此処に居て、良いんですか?」
「居てくれねば困る」
冷たいと思っていた声音は酷く暖かくて。
ふわりと笑顔をこぼすと、黒曜の瞳がふと閉じられた。
「恋次」
「何スか?」
「三席に降りろ」
「はぁあ!?そりゃ無いっスよ、朽木隊長!!」
泣き付かんばかりの阿散井副隊長を、朽木隊長が冷たくあしらっている。
「ふむ、ならうちの副官は空いているぞ」
手を差し伸べてくれたのは浮竹隊長で。
「いや、朽木。うちのサボリ魔と変えてくれ」
松本副隊長を差してそんな事を言うのは日番谷隊長。
そんな勧誘は、
「やらぬ」
隊長の一言で一蹴されてしまったけれど。
皆如何して副官にしようとしているのか、よく分からない。
私、まだ八席なんですが。
そんな言葉を口にする前に、
「わぁん、玲〜。隊長があんな事言うの!」
松本副隊長に泣きつかれ、それを宥めるのに必死になったのだった。
桜の散る頃に見た微笑は、今も頭から離れない。
どうか記憶が褪せない様に。
貴方の気紛れは、私の道標。
- 3 -
<*前><次#>
ALICE+