ほしくず


マクギリスの幼馴染_03:続き:ヴィダール:小話[20161201]

それは偶然だった。

ヴィダールはこの身体になってから眠りが浅く、そして寝つきも悪い。もちろん戦闘には影響を出さないが、そんないつもと変わらない夜。宇宙のため外を見渡しても夜という概念はないが、艦内は地球時間に合わせて活動している。

今日のような特に眠れない日は、自分に与えられた部屋で時間を潰すこともあれば、愛機の改修を行うことも。
そして今日はたまたま、遠くで小さく光る星々を何とはなしに眺めて過ごそうと思った。そう、それだけだ。

夜のとばりが下りる艦内。
ヴィダールは偶然、彼女に出会った。幼馴染であるサラに。

相手から息を飲むような音が聞こえる。
彼女にとっても想定外だったのだろう。こんな時間に誰かに出会うとは。――それともヴィダールだからだろうか。

仮面の男。フルフェイスのマスクを被った、得体の知れない人物。
艦内で己がどのように思われているか、ヴィダールは知っていた。ジュリエッタのように直接、自分に言ってくる者もいる。あれは中々に、愚直なまでにまっすぐで面白い。反面、やや苦味も覚えるが。

沈黙が横たわる。
どこか、ピンと張り詰めたような。
なぜだろうか。ヴィダールにとって、正体を隠しているといえど、彼女に対して緊張するようなことなどない。彼女の幼馴染である紫陽花色の髪をした男は、もうこの世にはいないからだ。『彼』と『ヴィダール』を結びつけることはできない。離れた距離にある点と点は線にはなれないのだ。
むしろ『ヴィダール』となってからは自由に――そう、己の欲望を隠すことなく生きている。マクギリスへの復讐のために。

ではなぜだろうか、と考えて思い直す。ああ、彼女は自分に緊張しているのだなと。分かりきった答えだった。―――そのことが少し、胸を刺す。

小さな棘を振り払うように、ヴィダールはサラへと話しかけた。偶然居合わせたのだ。何もおかしいことはない。

「珍しいな。こんな時間に」
「…っ、ええ。貴方こそどうしてここに?」
「あまり眠れなくてな。少しは気分転換になるかと思い、こうして外を見ている」
「……そう、ですか」

彼女はしばし視線をさまよわせた後、

「私も、一緒に見てもいいですか?」

と言った。

一歩、二歩と距離をつめるサラ。やがて一人分程の距離をとり、彼の隣へと並び立つ。
身長差は変わらない。二年前と。

無重力の闇の中、うっすらと輝く、幾許かの小さな光。
窓の外をじっと見つめるサラ。ヴィダールはそんな彼女を見ていた。
昔と変わらない横顔にどこか安堵を覚える。――そして気付く。彼女の右目が赤いことを。泣いたのだろうか。だが、なぜ?

「…キミは、もう部屋に戻った方がいいのでは?…そんなに目元を赤くしていては、明日に支障をきたすだろう」

キミはクルー達に慕われているのだから、と声をかければ、今度こそ大きく息を飲む音が聞こえた。
やがて、小さく震える身体。彼女の変化にヴィダールは驚いた。どうしたんだと声をかけずにはいられないほどに。

「…お願いが、あります」
「…なんだ」
「不躾なのは分かっています。でも…、少しだけ、ほんの少しだけ…背中を貸してくださいませんか?」

消え入るようなか細い声で神にも祈るように懇願されては、ヴィダールには断ることができなかった。

そっと、彼女の指が背中に触れる。まるで何かを確かめるように少しだけ触れ、おずおずと両の手が背中の服を掴む。
皺ができることを謝罪する声。ヴィダールは気にするなと言葉を返した。

こつりと彼女の額が背中に当たる。しばらくは寄り添うようにたたずむ。時間が進むにつれ、触れた部分がじんわりと熱を持つ。
やがて、雫がぽたぽたと落ちる音と、嗚咽が聞こえてきた。

押し殺すように涙を流すサラ。床を水滴が叩く音から、どれほど泣いているのか想像できる。
何があったのかと聞いてはいけない気がした。彼女が踏み込んでほしくないと思っているような気がしたのだ。――だが、こうして吐き出さずにはいられない。ただ偶然この場所で出会っただけの、仮面の男に。一体何があったというのだろうか。彼女に。

その時、聞こえてはいけない言葉が聞こえた。そう、気のせいでなければならない。『ガエリオ』なんて――。

「…っ、好き、です。…私、ガエリオのことが。もう、二度と会えなくても…これからも、ずっと。ガエリオが…っ、カルタのことを、好きでも!好き、すきなの…ガエリオのことが」

ずっと好き、と繰り返す彼女に、ヴィダールは開きかけた口を閉じた。己は今、何を言おうとした?
ぐっと拳を握り締める。手袋がなければ爪で手のひらを傷つけていただろう、それほどの力で。

俺も、お前のことが……。

もしもあの時、別の道を選んでいれば違った未来があったのだろうか。彼女を悲しませない未来が。
いや、全ては過去のことだ。彼は『ヴィダール』になることを選んだ。今まで己を築いてきた全てのものを捨てても。
もう、後には引けない。道は前にしかないのだ。

宇宙という広大な闇の中を艦はゆっくりと泳ぐ。まるでクジラのように。
夜明けは遠い。


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