::マクギリスに汚職が暴かれて失脚した男の嫁
夫が死んだ。世間的には事故だといわれているが、これは殺人だ。
夫は殺されたのだ。彼が裏で繋がっていたマフィアに。
私は知らなかった。夫が悪事に手を染めていたことを。彼は穏やかで優しく、包み込むような愛で私を愛してくれた。
それが全て嘘だったとは思わない。けれど、夫には私の知らない面があった。
とある国のマフィアに武器を流していたことを。そして、見返りに金銭を得ていたことを。
夫は貴族だ。爵位を金で買った成り上がりの。
地位や名誉を維持するために、それほどまでにお金が必要だったのだろうか。ギャラルホルンのMSを横流ししてまでの。
私には分からない。分からなかった。何も―――。
「彼のことは残念に思います」
「いえ…」
喪が明けてから数日、サラは亡き夫が所有する家にて、監査局所属のマクギリス・ファリド特務三佐と対面していた。
夫亡き今、この家の主人は彼女だ。
故人を悼むような眼差しで、マクギリスは視線を僅かに下へと向けていた。視線の先にあるティーカップに注がれた紅茶が、彼の憂い顔を映す。
彼女の夫はマクギリスによって不正を暴かれた。けれど、彼女はマクギリスを恨む気持ちはなかった。
ギャラルホルンの腐敗を正すことは監査局であるマクギリスの職務であるし、何よりも、本来してはいけなかったことに手を染めたのは夫だ。その結果、足がつくことを恐れたマフィアに彼が粛清されたとしても。
仕方がなかったのだ。この現在(いま)は、約束された運命なのだ。
脚の短いテーブルからソーサーを持ち上げ、胸元あたりまで寄せ、細く長い手弱女の指がティーカップのハンドルをつまむように持ち、やがてゆっくりと控えめなルージュがのった唇がカップの縁に口付けられる。
その様をマクギリスは瞬きしないまま、じっくりと観察するように見ていた。
どこまでも弱い女だと思った。弱くて、そして狡賢く強か。
己の夫が死んだというのに、寂しいと、悲しいというその口で、夫が死んだのは仕方がないことだという。
仕方がない、という言葉で全てを諦め、納得させ、己の心の安寧を保とうとするその様子が。
伏し目がちな瞼に、長いまつげが影を落とす。そこから男を絡めとろうとばかりに匂い立つ、さみしい女の色気。
美しく憐れな女。奈落へと引きずり込もうと、全身でもって誘惑してくる。本人に自覚の無いまま。なぜなら彼女の存在そのものが男を篭絡するために生まれた、甘い蜜を滴らせる花だからだ。
その色香に騙される、憐れな次の男は一体誰なのだろうか。
マクギリスは己の心に湧く感情を振り切るように、すでに冷たくなった紅茶を一口分、ゆっくりと飲み下した。