ガエリオは頭の痛い思いをしていた。
それもこれも、自分が仕える姫君のせいだ。
彼が仕える皇女――サラ・エル・ブリタニアは、二十歳そこそこながらエリア15を立派に治める優秀な統治者だ。
数年前に総督として就任し、衛星エリアから矯正エリアへと格上げしたその手腕は見事なものだ。加えて、KMFの技術開発にも一役かっている。
もちろん皇族として、エリア15の総督としての執務が主なため、技術協力といった形で彼女の同母兄であるシュナイゼルが管轄する技術機関ないし、ナイト・オブ・ラウンズが各自持つ専用の開発チームと時たま関わることがあった。本人曰く、開発は趣味であるとのこと。
ガエリオは彼女から趣味を取り上げる気はない。それ以前に、取り上げられるわけがない。彼女は自分の主だ。
だがしかし、趣味に没頭するあまり睡眠時間を犠牲にしたり、身形をおろそかにするのはいただけない。
公務中は仮面を被り、とくに市民の前に出る際は完璧なまでのロイヤルスマイルを浮かべるが、それ以外の、専任騎士であるガエリオと二人だけの時など、だらけ過ぎである。
そう、まさに現在進行形で、己が剣となり盾となりお守りすべき至高の存在、敬愛の姫君――であるべき存在が、寝巻きのままでベッドに端末を持ち込んでカタカタと操作していた。
本日の公務はないといえど、もう昼を過ぎている。メイドが彼女の昼食についてガエリオに聞かなければ、きっと夜までこのままだっただろう。(夕食はガエリオと共にする約束であった)
まったく、自身が選んだ騎士に嘘をついてまで着替えるのが面倒なのか。
前回もその前も同じようなことがあり(工作が完璧な時もある)、今回は彼女に仕えてまだ日の浅いメイドが担当したことで通達が上手くいかず(長年彼女に仕えるメイドは休暇だった)目論みは敗れた。ガエリオにとっては嬉しい限りである。が、皇女からの指示が末端まで上手く伝わらなかったことに対しては釘を刺しておいた。
妙齢の女性、しかも自分が仕える高貴なるお方の部屋に、ガエリオは相手の了承を得ることなく入室できる。部屋の持ち主から許可が下りているからだ。
殿下、と声をかけるも、彼女は反応しない。聞こえていないわけではない。あえて無視しているだけだ。
サラ様、姫様、サラ殿下、と続けるが、どれも彼女の望む言葉ではない。
諦めたように”サラ”と敬称なしで名前を呼べば、ようやく彼女は端末から顔を上げた。
「キミとは皇女と騎士の前に、幼馴染でしょう?公の場以外で殿下呼びは禁止」
「……ならば、名前で呼ぶからには俺とお前は対等なのだろう?とっとと着替えるんだ!」
「うげっ、薮蛇だった!?」
「名前で呼ぼうが呼ぶまいが、こんな時間まで怠惰なのは許さん。幼馴染として、または騎士としてのどちらの対応が良いか選ぶんだ」
「…はぁーい」
じゃあ幼馴染バージョンで、と彼女は言った。
どちらを選ぼうが、着替えさえるのはガエリオの仕事である。(下着は流石に自分で着てもらうが)