その日、男は”死”そのものに出会った。
深夜、海に面した倉庫。ジンは取引のため、一人その場にいた。
珍しくウォッカはいない。別の仕事で、とある現場にいるからだ。
取引相手から”物”をもらう。その対価に、ジンは現金がみっちり詰まったアタッシュケースを渡す。
特筆すべきことのない取引。いつもどおりの仕事だ。
―――相手がジンに拳銃を向けることも。たまにある出来事だ。
ジンはすかさず愛用の銃を構え、倉庫の中で銃撃戦が始まる。
一対複数の戦闘のため、ジンはまず銃で一発、明かりを落とした。
たった一つの照明を落とした倉庫内は、暗闇へと包まれた。
さて、これからどうするか。
ジンは考える。元取引相手を生かす気はさらさらない。裏切りには死を。ジンの信条だからだ。
味方はいない。だが問題はない。相手は格下だ。それも調子に乗った。
コンテナの陰から気配を窺う。相手はガヤガヤとうるさい。癇に障るブタ共の声だ。
心の中で数を数える。ゼロ、となった時、ものすごい音を立てて天井が落ちてきた。
それからの記憶はない。―――否、一瞬の出来事過ぎて記憶するほど過程を見ていないのだ。
月明かりの下、闇夜に光る金色の目をした女が、まるで暴風のような圧倒的な力でもって、倉庫の半分ごと取引相手を吹き飛ばしたからだ。肉片さえなく。
ジンがそれに巻き込まれなかったのは運だ。ただ運がよかっただけ。裏社会で必要なパラメータ。
それが、黒の組織の幹部であるジンが出会った、”死”そのものの象徴だった。
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己のあずかり知らぬところで、犯罪組織の幹部に”死”と定義される少し前、ヴェルレインは元の世界でラミリスとヴェルドラの高笑いする様を見ていた。
異世界への門を開く術式、とやらを完成させた二人は、迷宮の最奥の間にて至極喜びを分かち合っていた。その様子を、ヴェルレインは一歩下がったところから見ていた。
手のかかる弟ヴェルドラと、知己である、こちらも手のかかるラミリスの楽しそうな様子は、彼女にとっても嬉しいものだった。情を傾けない相手には能面のごとく無表情である顔が弛むほどに。
「早速出発するわよ!」
「うむ!姉上も一緒に行くのだ!」
「お前達、そんなに慌てるな」
早く早くと手を引っ張る二人に、ヴェルレインは娯楽施設ではしゃぐ子供のような二人に鷹揚な態度で答えた。
ヴェルレインが魔方陣の上に足を置いてすぐに、ヴェルドラが魔方陣に魔力を込める。
魔方陣はだんだんと輝きを増し、溢れ出した光が一瞬、視界を焼く。
ヴェルレインが目を開いた時、目の前には星の少ない夜空と月があった。――そして、落下。
バリバリ、バキバキと背中で音がなる。人間や力の弱い魔物であれば痛みを感じただろうが、ヴェルレインにとってはそよ風が体に吹くがごとく。否、そよ風以下の感覚だ。
視界が開けてすぐ、ヴェルドラとラミリスがこの世界のどこにもいないことに気付いた。気配が全く感じられないのだ。
ヴェルレインは、どうやら自分だけが二人とは別の異世界に移動したことを理解する。
さて、これからどうすべきか。この世界は魔素が希薄で、ヴェルドラやラミリスを探すどころか、自分が元の世界にいつ戻れるかも怪しい。そもそも移動に利用した魔方陣がない。
だが、ヴェルレインは全く焦っていなかった。大気中の魔素が薄く、少々体の動きに違和感を覚えるが、ヴェルレインの体内にある魔素を利用すれば問題ない。何せ、この世界を満たしてもお釣りがあるほどの大量の魔素を彼女はその身に持っているからだ。体内の魔素を放出することは考えていない。まだ何も知らない異世界の生態系を狂わせることになるからだ。
――いずれ、迎えがあるだろう。もしくは、新たに異世界への門を創造したっていい。
ヴェルレインには永遠の時間がある。まずはこの世界を堪能すべきだとヴェルレインは考えた。
それにはまずは、背後のうるさいものをしずかにさせなくては。
ヴェルレインの力のほんの一端を垣間見た銀髪の男が、彼女に畏怖と崇拝を抱くことになる。
これは、物語の主人公が小さくなる前の、数年前の出来事だった。