煌びやかなネオン。熱気。音。騙して、騙されて。
そう、ここはカジノ。狂った者達の宴。
とある女の手で、今日もまた一人―――。
「ここは…」
「カジノよ。裏のね」
いわゆる裏カジノと呼ばれる場所に、バーボンとベルモットは居た。
目的は、ある人物の勧誘。どうやらずいぶんと稼ぐ人物らしい。組織は新たな資金源を得るために、ベルモットとバーボンに任務を与えた。その人物を勧誘しろと。
分かっている情報は、小柄な女だということ。年齢は不明。もちろん顔もだ。その人物は顔全面を隠す仮面を被り、声まで変えているらしい。
あとは、負けないということ。賭け事にめっぽう強いらしい。黒の組織の耳に入るほどの。
黒い衣装に身を包んだ二人は、身形の良いスタッフに案内されるままに地下へと進む。
毛足の長い絨毯が敷かれた通路は、三人の靴音を吸収する。
やがて見えた重厚な扉をスタッフがゆっくりと開く。
「スリーカード」
私の勝ちね。機械を通した合成音が敗者に告げる。
「馬鹿な…!私が負けるなど…!!」
どうしてどうしてと、テレビで見たことのある有名な議員が頭を抱える。
「もう一度、もう一度だ!私と勝負してくれ!!」
「いいけど…、あなた掛け金は?」
「っ、金は…!!」
もう出せる金はないのだろう。壮年の議員の男は後ろに控える秘書を縋るように見る。当然だ。議員の負債は2億7千万円。
このまま帰るわけにはいかない。なんとか、少しでも負債額を減らさなければ。実際に勝った勝負もあったのだ。今回の掛け金の高い勝負で負けただけで。先ほどまでは自分の方が勝っていたのだ。
いいことを思いついた、とばかりに女が一つ手を叩いた。
「あなたの人生を賭けようか」
「は?」
「もちろん、私も人生を賭ける。そうね。とりあえず、30億にしましょうか。私もあなたも同額で。それと、今の手持ちの金額を合わせて。つまり、あなたは27億3千万円。私は32億7千万円。ゲームはチョイスポーカー。より高い金額を積んだ方にカードの役を選択できるの。強い順が勝つが、弱い順が勝つか。プレイヤーにできるのはベッドとレイズのみ。フォールドとコールは禁止とする。どう?面白そうでしょう?」
「馬鹿な!そんな金額、誰が用意できるものか!貴様にも用意できるわけがない!」
「あら、できるわよ。でなきゃ勝負を持ちかけないでしょう?それで、やるの?やらないの?」
次は勝てるかもしれないわよ、と女が囁く。
―――そうだ。自分は勝っていたのだ。先ほどは、たまたま負けただけで。次、勝てばよいのだ。むしろ、この女に勝つことができれば、2億7千万円の負債が全てなくなり、その何倍もの金を手にすることができる。
―――そうだ。勝てばよいのだ。実際に、少し前までは自分の方が勝っていた。
その経験が、男から正常な判断を奪う。
金に目が眩んだ男は椅子に座りなおした。それが、破滅への一歩だとも知らずに。
「フルハウス。ふふふ、私の勝ちね」
勝負はついた。議員の負債額は30億円。その金額が、そっくりそのまま勝者である女の得た金額だ。
脂汗がとまらない男の、目の焦点は合っていない。当然だ。一晩で30億円もの借金を背負ったのだから。
「私は…、私は…」
「先生、しっかりしてください!」
「あ、ああ、ああああ”あ”〜〜〜〜〜!!!」
発狂したかのように叫ぶ議員の男。その男を、いや、この賭けを己のものとした女をベルモットとバーボンは見ていた。この賭けは所持金額の多い者が、強い順か弱い順かを選択する権利を得た者が勝つようになっている。金さえ積めばブタでも最強の役にすることが可能だからだ。
だが、そうは言っても、女が負け、そして男が勝つ可能性は十分にあった。
所持金の多い者が勝つといっても、二人の所持金に大きな差はないし、カードの運や読みで男が勝つ可能性は十分にあった。だが、その全てに男は負けたのだ。いや、女の方が上手だったというべきか。
始めから男が勝てる可能性は、ほとんどなかったのだ。
そんなことにも気付かなかった男は、狂ったように叫び続ける。その様子を賭けに勝った女はじっと見ていた。
「これで、あなたの掛け金はゼロになってしまったわね。もう、あなたは勝負できない。掛けられるものがないから。…ああ、そういえば、あなた娘さんがいたわね」
「……ぇ」
「確か、大学生だったかしら。綺麗なお嬢さんなんですってね。なんでもイマドキ絶滅危惧種の大和撫子なんだとか。賭けられるもの、あったわね」
にんまりと、仮面で隠れているためバーボンには分からないが、そう、にんまりという表情があう声色で、女は囁いた。
「さあ、もう一度勝負を始めましょう?あなたのお嬢さんの人生を掛け金にして!若くて綺麗で将来有望なお嬢さん!そうね、掛け金は100億円でどうかしら!」
「な、なにを馬鹿なことを…!」
「早く!勝負を始めましょう?」
「そんな、できるわけが…!」
「さあ!さあ!」
「わ、私は……っ」
「さあ!さあ!さあ!!」
勝負を始めましょう?
男の絶叫が部屋を埋め尽くした。
「なーんだ、つまらない男」
まるで、アスファルトにこびりついてのびている、唾液と砂埃に汚れたガムでも見るように女は言った。
真っ白に燃え尽きたような男が、カジノスタッフに部屋から連れ出された。しん、と、先ほどの狂気が嘘のように静まり返る室内。
こつり、と、綺麗に手入れのされた指先で、仮面の女は机を一つたたいた。
「それで、おねーさんとおにーさんは何の用事?次に私と勝負しれくれる人かしら?」
「違うわ。あなたをスカウトに来たのよ」
「スカウト?」
「ええ、そう」
ベルモットは女をスカウトする意図、そして女へのメリットを淡々と伝える。
ベルモットが一折の話を終えたあと、女は顎に手をやり、呼吸三つ分ほど考えた。
「いいわよ。その話、受けるわ」
仮面を脱ぎ捨てた女はベルモットとバーボンに微笑んだ。歳にそぐわない、妖艶な表情で。
「これからよろしくね。おねーさん、おにーさん」
仮面の下から現れたのは、まだ高校生にも満たない幼い少女の顔だった。
私立百華王学園。上流階級・政財界の子女が多く通う、いわゆる名門校と呼ばれる学校だ。
その学校に、江戸川コナン、毛利蘭、毛利小五郎、そして安室透の四人は居た。理由は、探偵である小五郎のもとに来たとある依頼による。
弟子である安室は当然とばかりに助手として同行。娘の蘭は父親が粗相をしないか心配で、その目付け役として。コナンはやだやだ僕も行く!といつものごとく我がままを言って。
依頼内容は、娘を持つ両親から。一般家庭だが、縁あって私立百華王学園に娘は入学した。しかし、入学後しばらくしてから、なんだか元気がないと。
日に日にやつれていく娘に、母親は駄目だと思いつつも、娘のことが心配で、何か手がかりがないかと彼女の部屋を探してしまったらしい。そして、見つけてしまった。娘名義の借用書を。記載されていた金額はなんと300万円。
どうしてこんなものがあるのか分からなかった母親はパニックになり、娘が帰宅した早々問い詰めた。だが、それは悪手だった。より頑なになってしまった娘は、今では両親とは目も合わせないどころか、一言もしゃべらないらしい。
そんな娘の様子に、もう自分達では解決できないと思った両親は、小五郎に依頼したのだ。娘がなぜ300万円もの借金を背負ったのか調べてほしいと。
小五郎は依頼人の娘の交友関係を調査したあと、次は学園内での調査をすることに決めた。そうして今ここにいるのだ。
先ほど生徒会長だと紹介された女生徒――桃喰 綺羅莉と、彼女の後ろにそっと控える生徒会書記――五十嵐 清華の二人に案内され、小五郎達は学園内を歩く。
「ご存知のとおり、この学園には将来的に政治家や実業家となる、名家の子女が多く通っております」
「ええ!もちろんですとも!」
「そして、現在、政財界で活躍されている方で、この学園を卒業した方は何人もいらっしゃいます」
「ええ!当然ですとも。もちろん知っておりますよ!」
「そして―――、」
意味ありげに安室を一瞥した桃喰 綺羅莉は、ホールに続く扉をくぐる。
「この学園では、ギャンブルによって階級制度――つまり、人間の価値が決まっているのですよ」
わっと湧く歓声。その中心に居るのは依頼人の娘である女生徒と、にんまりと口元を歪める、ロゼと呼ばれるネーム持ちの黒の組織の幹部だった。
「っ、安室さん!」
驚愕のままコナンは安室を勢い良く見た。それに、安室は一瞬だけ険しい顔をし、しぃ、と人差し指を口に当て、静かに、という合図をコナンに送った。
「勝者は3年華組鷹宮沙羅!対する1年菊組xxxは400万円の損失!そして、過去の負債と合わせて合計700万円の借金だ!」
「やだ、700万円だって!」
「これは下位100位内にランクインだな」
「うわぁかわいそお」
「ぶっ、くく、思ってもないこと言うなよ」
「まあね。家畜が増えてくれてありがとーってとこかしら」
私、あの子と同じクラスなのよね。
項垂れる少女を蔑む悪口と、勝者である鷹宮を褒め称える言葉ばかりが聞こえてくる。
気分が悪い。コナンも蘭も同じことを思った。小五郎も険しい顔をしている。安室だけは一人、内心の思いを顔に出さずに、ただただじっと鷹宮沙羅ことロゼを見つめていた。その一挙一投足を。
「ミ・ケ」
「…ぇ」
「1年菊組xxx。いえ、おめでとうミケ。あなたもこれで今日から家畜よ」
「わ、わたしは…!」
ミケなんていやです。どうかどうか、許してください。お願いします。
「だーめ。あなたは今日からミケ。負け猫のミケ。嫌なら借金を返済すればいいのよ。ね?簡単でしょう?」
彼女にギャンブルの腕がないと分かっていて、そう言う鷹宮はまるで悪魔だ。
でも―――と鷹宮は続ける。
「弱いくせに私に勝負を挑むあなたの心意気、とっても好きよ。馬鹿で、無能で、幼稚で、愛らしい!」
うふふあははと女の高笑いがホールに響く。女生徒の体はガクガクと震えている。
「さあ、もっともっと!賭け狂いましょう?」
自分は何を見せられているんだろう。コナンと服部は二人の少女の怪しい空気に、ごくりと生唾を飲み込んだ。少年二人の頬はほんのりと赤い。
真昼間の喫茶店でやることじゃないだろう!いやいや、そういう問題でもない!コナンと服部は脳内でノリ突っ込みをする。そのシンクロ率は200パーセント。
店員である榎本梓も、心なしか頬が赤い。まるで、はわわ、と飛び出てしまいそうな口を押さえている。いや、しっかりしてください店員さん!
三人の視線の先にいる人物―――私立百華王学園の制服に身を包んだ少女二人、けしからんくらいの巨乳が特徴的な黒髪ロングの美少女である蛇喰夢子と、そんな夢子と同じくらいのプロポーションを持つ鷹宮沙羅。
そんな二人が、テーブル席のソファに隣同士に座り、生クリームがたっぷりのったシフォンケーキと、アイスクリームとチョコレートが綺麗にデコレーションされたパフェを食べさせあいっこしているのだ。近すぎる距離に、時折二人の胸がお互いの体でほにゃんと形を変えている。もちろん、胸と胸とでだ。
時折聞こえる、ん、という吐息のような声と、たまに、わざとじゃないのか、と思うぐらいに唇の端につく生クリームとバニラアイス。それを、まるで蛇がちろちろと舌を動かすように、淫靡に舐め取る二人。ここは公共の場です!お二人さん!
幸い、店内の客はコナンと服部を除き、件の二人しかおらず。それがよいのか悪いのかは、当事者であるコナンと服部と、そして榎本に任せることとして。
「あ!」
ついに榎本が声を出した。そりゃそうだろう。なぜって、少女二人がちゅーをしていたからだ。
その様子に、服部は慌ててコナンの目を塞ぐ。いや、俺もお前と同い年なんだけど。今は見た目がこんなだが。
店内でいちゃつき始めた二人の少女に、米神に怒りマークを浮かべた安室が割り込むのは、まだ30分も先のことである。