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エルバッチャとしての取引で零と再会してから、私は以前にも増してその活動に力を入れるようになった。
警察庁警備局警備企画課、通称ゼロ。それが零の所属する組織だということはわかっていたが、その潜入先がシェーラの追う組織と同じだとは、多少の予想はできていたとはいえ、驚いた。
どうやら私は相当黒の組織に警戒されるハッカーであるらしく、もしもあの時零がジンを止めていなければ、私はまた死んでいた。
ジンに顔が割れてしまった以上は、新しい組織のメンバーとして潜入することはできない。だから私は、世界中に蜘蛛の巣のように張り巡らせた情報網を、さらに強固なものへと作り替えた。

黒の組織は国際的な犯罪組織だ。多数の国と契約を結び、物資や資金の援助を受け、それでもまだ足りないというかのように金を集め続けている。まだ詳しいことは謎だが、その集められた資金のほとんどが、組織で研究されているとある薬のためにつぎ込まれているようだった。その薬のデータを覗こうとして見たのだが、直前でトラップが仕掛けられていることに気づき断念した。恐らくは開いた瞬間にデータが消去されるようになっていたのだろう。
その組織の幹部は、今現在私が得ることのできた情報の中では、ジン、ウォッカ、ベルモット、キール、キャンティ、コルン、そしてバーボン。ボス周辺の情報は全くと言っていいほど集まっていなかった。
バーボン。確か、零がそう呼ばれていたはずだと記憶している。
(根っからの正義の味方の癖して)
仕事だからと割り切っているはずだろうが、きっと犯罪組織で犯罪を犯して幹部に成り上がるだなんて、零は一体どれだけ心を痛めたのだろう。本当に、私の望みと正反対を行ってくれる。

ふわりといい香りが漂ってきた。
コナンたちと別れてから再び目深に被ったキャスケットのつばを少し上げて、その香りの元に視線をやる。
「ポアロ」。香りの正体は、この喫茶店のコーヒーの香りだったらしい。
あれ、と私は首を傾げた。ここへは来たことがないはずなのに、どうしてかポアロという名前に覚えがあった。小説上にそんな名前の名探偵がいたはずだから、そのせいだろうか。
とにかく、コーヒーの香りを嗅いでいたらお腹がすいてきた。時計を見ればランチタイムが過ぎた後で、店内には人がいなかった。これは丁度いい。
私はポアロに入った。いらっしゃいませ!と女性の店員の明るい声が聞こえる。一人で来たと伝え、カウンター席に案内してもらって注文を済ませると、私はキャスケットをとった。組織に割れてしまった顔を隠すためだが、さすがにずっと被っているのでは蒸れてしまって大変なのだ。
ぼんやりと、人がいないせいが静かな中、店員の女性が作業する音を聞きながら待つ。
「…わあ」
ふとこちらに視線を向けた店員が目を真ん丸くして思わずと言ったふうに声を上げたので、何か?と同様に首をかしげてみると、照れ笑いをした店員はこう答えた。
「ごめんなさい、急に。とても綺麗な髪と目の色をしていたから。実は、もう一人ここでバイトをしている人と同じような色だったから、つい反応してしまって…」
どうぞ、とコーヒーとサンドイッチを渡しながら店員が言った言葉に、ぎくりと私は肩を強ばらせた。
「似た色…?」
「はい。あ、でも男の方なんですけどね!少し前に買出しに行ってもらったので、そろそろ帰ってくるんじゃ…そういえば、お顔もどことなく似てるかも知れません」
ものすごい勢いで頭が回転し始めて、ポアロに入る前に感じた違和感の招待に思い至る。
そうだった。
“降谷零”を辿っても出てこなかった情報は、“バーボン”から通じて“安室透”を調べることで得ることが出来た。
バーボンこと安室透は、現在毛利探偵事務所で毛利小五郎の弟子として学びながら、その階下の喫茶店ポアロでアルバイトをしている。そしてその正体は、公安警察である降谷零が潜入捜査のために作り出した偽りの人間である。
(やば…いや本当にやばい!)
あの倉庫で会ってから、恐らく零は私のことを調べたはずだ。きっとこの町に住んでいることくらいは知っている。けれどあの時、二度とこちら側に来るなと怒鳴りつけられた。もしもここで会ってしまったら、なんというか、修復不可能なレベルで零に怒られてしまう気がする。
エルバッチャである私が安室透のバイト先を知らなかったなんて言い訳は通用しない。現に知らなかった訳ではなく、忘れていたのだ。やっぱり私は何か足りない、抜けている。
後悔しても遅いので、可能な限り急いでサンドイッチを頬張りコーヒーを飲み干すと、勢い良くカウンターから立ち上がってレジ前へ向かう。
「あの、お会計お願いします」
「あ、はーい!」
急げ、急いでここから離れなければ。
財布を取り出して代金を支払い、さあ逃げようとドアを開けようとしたところで、私はミッションが失敗したことを悟った。


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